ラベル 刑事弁護 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 刑事弁護 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年4月6日土曜日

市場原理主義を貫徹させるのであれば「逮捕されたときに一流の弁護士が求める 報酬を支払えないのであれば

"=========== Meta ============
"StrID : 475
"Title : 市場原理主義を貫徹させるのであれば「逮捕されたときに一流の弁護士が求める報酬を支払えないのであれば、ろくな弁護を受けられず、無実の罪で刑罰を受けても自己責任だ。市場原理とはそういうものだ」と言い切るべきなんですけどね。/小倉秀夫弁護士
"Cats : 弁護士
"Tags : @Hideo_Ogura,小倉秀夫弁護士
"========== Content ==========



2013年2月25日月曜日

いわば泣き寝入りをしている弁護士は多いと思います<元検弁護士のつぶやき>

取調べ中の弁護批判に国賠請求

取り調べ中の副検事が弁護士批判、違法の判決 横浜地裁(asahi.com 2008年10月24日22時26分)

 判決によると、元課長は接見した妹尾弁護士らに「話していない内容が含まれた供述調書に署名した」と説明。この時、そういう調書に署名しないよう助言されたのを受けて元課長はその後、自分の考えと違う調書への署名を拒否した。これに対し、副検事は「弁護過誤だ」「弁護士を信じても最後には弁護士は責任を取ってくれない」などと発言した。

 似たようなことを言う検察官(検事、副検事を問わず)はそれほど珍しくないのではないかな、と想像しています。
 警察官はもっと直截な物言いをするかも知れません。
 しかし、損害賠償請求をする弁護士は多くないと思います。
 これは皮肉ではありません。
 よくやった、という賞賛です。
 認容額は10万円ですよね。
 民事訴訟については、いわば泣き寝入りをしている弁護士は多いと思います。
 当該刑事事件の法廷では思いっきり検察官を非難しているかも分かりませんが。
 そういうなかで、妹尾弁護士らが民事提訴しまだ一審とはいえ勝訴したことは大きな意義があったと思います。

 自分の言っていないことが書いてある調書に署名してはいけない。

 これは、私が弁護士になってから、被疑者との初回接見のときに必ず言う言葉です。
 たぶん、私や妹尾弁護士らだけでなくほとんどの弁護士が同じことを言っていると思います。
 要するに、刑事弁護のイロハのイです。
 それに対して「弁護過誤だ。」は恐れ入りました(^^)
 この副検事は、普通に被疑者が言ってないことを調書に書いているんでしょうか?

 私も綺麗事を言うつもりはありませんが、検事当時に、少なくとも、被疑者から「検事さん、私そんなこと言ってませんよ。」と言われて、「お前の弁護士は弁護過誤だ。」と言った覚えはありません。

 但し、語弊を恐れずに綺麗事を言わないついでに言いますと、検事当時に、「弁護士は責任を取ってくれない。」というようなことは言ったかも知れません。(被疑者が真実を供述していないと思われたときのことだと思いますが。)
 本当の意味での弁護過誤がない限り、弁護士が責任を負わないというのは事実だからです。
 少なくとも、「話した覚えのない調書に署名するな。」と言ったことによる責任は生じません。
 ですから、弁護士としての私としても、警察官や検察官が私のクライアントである被疑者に対して、「弁護士を信じても最後には弁護士は責任を取ってくれない」と言ったとしても、たいして怒る気にはなりません。
 クライアントが接見の際に、「検事からこんなこと言われました。」と言ったとしても、私としては「それはそのとおりだよ。」と答えます。
 「判決を受けるのはあなたであって私じゃない。」ということも言います。
 クライアントも納得します。
 その上で弁護方針を相談します。
 あとは、その被疑者が私を信頼するか、検事を信頼するかの勝負だと思っています。
 
モトケン (2008年10月24日 23:58) | コメント(1) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top) 引用:取調べ中の弁護批判に国賠請求 - 元検弁護士のつぶやき




 コメントが1件のみというのも気になりますが、このブログ(元検弁護士のつぶやき)において過去に何度か見かけたことのある現象というか反応ではあります。


不信が高じれば高じるほど、全体としてより高コストになるだろう<元検弁護士のつぶやき>

国選弁護報酬不正請求

国選弁護:岡山の弁護士が報酬を過大請求 刑事告訴も
国選弁護:報酬過大請求、制度の根幹揺るがす…法テラス
国選弁護:報酬過大請求、背景に引き受け弁護士の不足(いずれも毎日jp)

 国選弁護報酬の引き上げは、弁護士会の長年の課題です。
 ほんの少しずつ改善されているような気はしますが、まだまだ絶対的に安すぎるというのが国選弁護をされている弁護士の実感だと思います。

 そこで、弁護士会は、

 国選弁護受任者は低廉すぎる報酬であるにもかかわらず、誠実に弁護活動をしている。
 しかし、国選弁護は赤字である。
 要するに国選弁護は(一部の)弁護士のボランティア精神で支えられている。
 しかし、それにも限界がある。

ということで、国選弁護報酬の増額を要求しているのですが、今回のような事件が起こりますと、どうせみんな不正請求をしているんじゃないのか、という憶測が生じてしまい、増額請求運動に対して思いっきり水を差してしまいそうです。

 この弁護士の責任は重大です。

 このような問題が生じることになったのは、被疑者段階における国選弁護が始まったからです。
 それ以前は、公判段階での国選弁護だけでしたから、国選弁護費用は裁判官が、法廷における弁護活動を見て裁判官が報酬額を決定していましたから、弁護士からの不正請求というのはありませんでした。

 捜査段階の国選弁護ですと、報酬額決定者から直接見えないところでの弁護活動が多くなりますので、いろいろ問題が生じる余地が出てきます。

 今回は接見回数が問題になったようですが、実は、弁護士が警察に接見に行ったときに、その事実を証明する書類は警察から渡されません。
 警察には記録が残りますから調べれば分かるのですが、弁護士に法テラスへ出すための裏づけ書類を要求するとなると、警察にそのような書類の発行を新たに求めなくてはならなくなります。
 少しかも知れませんが、手続的にはコストアップですし、たぶん警察内部では細かい規定の改正が必要になったりしてけっこう面倒な作業が必要だと思います。

 法テラス側としても、どの程度の手続を踏めば弁護士を信用していいのかという問題が生じます。
 警察が接見証明書のようなものを発行するにしても、弁護士がそれを提出したら信用するのか、弁護士の請求と警察が保管している書類との照合まで必要とするのか。
 とりあえず前者で十分だと思いますが、何が言いたいかといいますと、不信を前提とするシステムは不信が高じれば高じるほど、全体としてより高コストになるだろうという話です。
モトケン (2008年10月10日 08:53) | コメント(17) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top) 引用:国選弁護報酬不正請求 - 元検弁護士のつぶやき




弁護人としては、このような弁明をさせてはいけないでしょうね<元検弁護士のつぶやき>

自分本位な被告人ですが

【法廷から】「結婚考えていた」と“言い訳” 14歳少女を性の対象にした43歳男(産経ニュース)

 罪状認否では起訴事実を認めたようですが

 43歳という「いい大人」でありながら、女子中学生を性の対象にした被告。被害者と正式に付き合い、結婚願望を持っていたと“弁明”したが、検察官と裁判官の態度は非常に厳しかった。

 被告人の心の片隅には、そのような願望がほんの少しはあったかも知れません。
 しかし、弁護人としては、このような弁明をさせてはいけないでしょうね。
 自己中ばればれとしか言いようがありません。
 もっとも、弁護人としても被告人を全てコントロールできませんからどうしようもなかったかも知れませんが。

 言い訳がましい被告人に同情する必要はないとしても

 母親によると、「事件後、(人を)いたわることのできる息子になった」という被告。それを証明するかのように、傍聴席に戻る母親がつまずくのを見て、すかさず手を差し伸べた。

 もう少し早く、母親へのその思いやりを持つことはできなかったのか。被告が3歳のときに父親が蒸発し、女手一つで被告とその弟を育ててきたという背中は丸く、小さかった。被告は、その後ろ姿を見て育ったはずなのに、道を踏み外してしまった。

 わが子がどんなに悪質な罪を犯しても、子供のために証言台に立つ親の心を垣間見たような気がした。

 このお母さんの気持ちを想像すると、一度チャンスを与えてもいいかな、と思います。

 自分のことしか考えていない被告人が、ただ1人だけだとしても自分以外の人の気持ちを考えるならばですが。
モトケン (2008年10月 9日 19:12) | コメント(7) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top) 引用:自分本位な被告人ですが - 元検弁護士のつぶやき


国選弁護人が目標の半数<元検弁護士のつぶやき>


国選弁護人が目標の半数

国選弁護人が目標の半数 準備に疑問 埼玉(毎日新聞 2008年9月9日 15時00分)

 来年5月に始まる裁判員制度で、埼玉県弁護士会(446人)が制度対象事件を担当する国選弁護人を募ったところ、登録を申し出た弁護士が当面の目標とする100人に対して49人にとどまっていることが分かった。県弁護士会執行部内でも、制度の是非を巡る賛否の対立があり、制度スタートまでに態勢を整えられるか疑問視する声が上がっている。

 いろんなところで歪みが生じているようです。
 何事につけ、軌道にのるまでが大変ですが、のせられるかどうかについての不安が生じています。
 「のせてはいけない」とか「のらないほうがいい」とか「のらなくてもかまわない」と思っている人がかなり多そうですから当然と言えば当然ですが。
モトケン (2008年9月18日 14:27) | コメント(2) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)


引用:国選弁護人が目標の半数 - 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき-2013

県弁護士会「検察官が活動妨害」地検に調査を申し入れ<元検弁護士のつぶやき >



検察官が弁護活動を妨害?

増田尚先生のろーやーずくらぶの記事からです。

県弁護士会 「検察官が活動妨害」 地検に調査を申し入れ(大分合同新聞のHPから)

 私なら、起訴後に被告人と弁護人との関係に介入するようなことは絶対しませんし、そのような誤解を受けかねない行動は厳に慎むべきであると考えます。

県弁護士会によると

その後、検察官は裁判所で男性に、「裁判所はあなたと弁護士が一緒に裁判を止めたと考え、良く思っていない。わたしに手紙を出せば、裁判所に言ってあげるから出してください」と話し、男性は「手紙で書くことはできないが会ってなら話す」との手紙を検察官に送った―としている。

とのことですが、にわかに信じがたい話ではあります。
 この検察官は、被告人から手紙を受け取って、いったいどういう手続で裁判所に何を「言ってあげる」つもりだったのでしょう。
 ほんとにこんなこと言ったのかな、というのが正直な感想ですが、言ったとすると、何を考えていたのかな、という感じです。

弁護士会の言い方も

県弁護士会は調査結果を公表していないが、「事実とすれば検察官の行為は弁護活動に重大な支障を生じさせる」として、九月三十日に大分地検に申し入れをした。

ということであり、歯切れが悪いですね。

大分地検としては

「具体的な内容は言えないが、前提となる事実が違っている。どう対応するか検討する」としている。

とのことですが、どう違っているにしろ、検察官が被告人と接触したのが事実であれば、不適切な行為であることは間違いないように思います。

最終的には

男性は大分地裁で有罪判決を受けたが、弁護士は事実認定に不服があるとして福岡高裁に控訴。しかし、男性は九月三十日に控訴を取り下げ、刑が確定した。

ということですので、なんとなくいろんな事情が想像されます。
私も歯切れが悪くてすいません。
モトケン (2005年11月 1日 21:37) | コメント(5) | トラックバック(3) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:検察官が弁護活動を妨害? - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき


2013年2月22日金曜日

責任能力を争うことくらいしか弁護のやり方がないというのが本音だろう<元検 弁護士のつぶやき>



弁護人の主張について

 ブログの紹介記事に対して洗足さんからコメントと質問をいただきました。

ところで、このような凶悪事件(山口県母子殺人など)において、被告が事件当時は自身は発狂状態で事件に対する責任は無い、と主張した場合どうなるのでしょうか?

というものです。

 まず最初に注意しておかなければいけないことは、主張はあくまでも主張つまり言い分であって、それが裁判で認められるかどうかは別問題であるということです。
 ネットでよくみる意見の中に、弁護士が心神喪失の主張をしたら、当然に精神鑑定が行われて無罪になってしまう、というような意見があるのですが、これははっきり言って間違いです。

 心神喪失というのは責任能力がないということですが、責任能力というのは平たく言いますと、やっていいことと悪いことの区別がついてやって悪いことはやめることができる能力という意味です。
 心神耗弱というのは今述べた能力が著しく低下している状態を言います。

 普通の人は皆、責任能力を持っています。
 責任能力があるのが原則であると言い換えてもいいです。
 ですから、責任能力がないと主張する側(刑事裁判では被告・弁護側)が、責任能力に疑いを生じさせる具体的な事情や状況をまず指摘するなり立証するなりしなければなりません。
 たんに、責任能力がないと言っただけでは、裁判所は耳を貸しません。

 ただし、多くの人が目を背けるような残虐非道な事件については、多かれ少なくれ常軌を逸している部分がありますから、それを指摘して責任能力を争い、精神鑑定を請求する事例が多くなります。
 ぶっちゃけた話をしますと、そのような残虐非道な事件においては、弁護人としても、責任能力を争うことくらいしか弁護のやり方がないというのが本音だろうと思います。
 紹介したブログで指摘されていますように、弁護人としては、とにもかくにも何か弁護できるところを探さなければいけないのです。
 母子殺害事件においても犯行の凶悪さだけから見れば、心神耗弱の主張くらいでてもなにもおかしくないと思います。
 精神鑑定の採否が別ですが。

 裁判所としても、残虐非道な事件に対しては死刑を含む重罰を考慮しなければなりませんから、勢い審理が慎重になり、念のために精神鑑定をやっておこうかという気になる場合が多いと思われます。

 しかし、宮崎勤の例でもわかりますが、心神喪失や心神耗弱はそうそう認められるものではありません。

 さきほど母子殺害事件においても責任能力に関する主張があってもおかしくないと書きましたが、現実的には、被告人が罪証隠滅工作をしていることから責任能力を争うことは困難だろうと思います。
 罪証隠滅工作というのは、自分の行為がやってはいけないことを認識している決定的な根拠になるからです。

 ですから、安田弁護士らもさすがに心神喪失または心神耗弱の主張はしなかったものと思います。
 弁護団としては、殺意を争うか責任能力を争うかの二者択一を迫られたと思いますが、司法解剖鑑定書を根拠に前者を選択したのでしょう。

 ただし、ただしです。
 他の弁護士の具体的な弁護主張を批判するのは気が引けるところがあるのですが(私は結構安田弁護士を批判してますが、そのほとんどは手続や訴訟進行に関するものです。)、記者会見までして主張されたことですので意見を述べさせていただきますと、どうも子供さんに対する殺意を否認する理由として

「赤ん坊については泣き止ますために首に紐でちょうちょ結びしようとしただけ」

という主張がなされているようですね。

  さすがにこれにはついていけません。

 母親に対する主張はそれなりに根拠が示されていますが(説得力の有無をともかく)、ちょうちょ結びの根拠はいかなるものなのでしょうか。
 もし被告人の弁解以外に何の根拠もないのであれば、この主張(その表現を含めて)は、あらゆる面において逆効果のように思われます。
モトケン (2006年4月23日 16:04) | コメント(2) | トラックバック(1) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:弁護人の主張について - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき


2013年2月20日水曜日

一般人の理解を意識して遠慮するなど弁護人としてはもってのほかということに なります<元検弁護士のつぶやき>



No.38 モトケン さん | 2007年6月 6日 23:50

>もう少し一般人が理解できるようなストーリーにしろということ

 私は一般人の理解など問題にしません。
 証拠をどう評価して被告人に最大有利な主張に構成するか、そしてそれを裁判官がどう見るかだけです。

 一般人の理解を意識して遠慮するなど弁護人としてはもってのほかということになります。

引用:安田弁護士に向けた脅迫状 - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき


2013年2月19日火曜日

これ以上論評すると名誉毀損になりそうですのでやめます<元検弁護士のつぶや き>



安田弁護士らの主張の検討>だめだこりゃ

  光市母子殺害事件における弁護団の弁論要旨とその根拠になっている鑑定書(結論部分)が公開されていますので、検討資料としては必ずしも十分ではありませんが、外野から無責任に考えてみようということで、場外乱闘掲示板にスレッドを立てました。

 ご意見のある方はどうぞ

 安田弁護士らの主張の検討

追記
 被害者の口を押さえた右手がずれてしまったという主張に限って言いますが、結論としてはタイトルに付記しましたように「だめだこりゃ」という感じです。

 弁論要旨では、

 そして、この4本の指の痕跡の反対側である左側頸部には、親指の圧迫痕に相当する楕円形の表皮剥脱があることからすると、被害者であるAさんは、右手の逆手で頸部を扼頚されたものであることが明らかである(資料11、15)。

 すなわち、下顎部分に対する右手の逆手による圧迫は、正に被害者の口を封じようとしたものであり、それに続く頸部に対する右手の逆手による扼頚は、下顎部分に対する右手の逆手の圧迫が被害者の動きによってそのまま頸部にずれたものと考えるのが相当であり、これ以外の解釈は存 在しないのである(資料17、18)。

と言っています。

 しかし、引用されている図面(資料15)に皆さんが自分で右手を逆手にして(資料18のように)当ててもらえればわかりますが、楕円形の表皮剥脱と親指は重なりません。
 今度は左手を順手にして図面の頚部に重ねてみてください。
 手の大きさにもよりますが、はるかにしっくりと重なります。

 こうなると、その他の主張も推して知るべしという感じです。

 これ以上論評すると名誉毀損になりそうですのでやめます。
モトケン (2007年6月23日 18:15) | コメント(15) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:安田弁護士らの主張の検討>だめだこりゃ - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき


安田弁護士らの主張の検討>だめだこりゃ<元検弁護士のつぶやき>



安田弁護士らの主張の検討>だめだこりゃ

  光市母子殺害事件における弁護団の弁論要旨とその根拠になっている鑑定書(結論部分)が公開されていますので、検討資料としては必ずしも十分ではありませんが、外野から無責任に考えてみようということで、場外乱闘掲示板にスレッドを立てました。

 ご意見のある方はどうぞ

 安田弁護士らの主張の検討

追記
 被害者の口を押さえた右手がずれてしまったという主張に限って言いますが、結論としてはタイトルに付記しましたように「だめだこりゃ」という感じです。

 弁論要旨では、

 そして、この4本の指の痕跡の反対側である左側頸部には、親指の圧迫痕に相当する楕円形の表皮剥脱があることからすると、被害者であるAさんは、右手の逆手で頸部を扼頚されたものであることが明らかである(資料11、15)。

 すなわち、下顎部分に対する右手の逆手による圧迫は、正に被害者の口を封じようとしたものであり、それに続く頸部に対する右手の逆手による扼頚は、下顎部分に対する右手の逆手の圧迫が被害者の動きによってそのまま頸部にずれたものと考えるのが相当であり、これ以外の解釈は存 在しないのである(資料17、18)。

と言っています。

 しかし、引用されている図面(資料15)に皆さんが自分で右手を逆手にして(資料18のように)当ててもらえればわかりますが、楕円形の表皮剥脱と親指は重なりません。
 今度は左手を順手にして図面の頚部に重ねてみてください。
 手の大きさにもよりますが、はるかにしっくりと重なります。

 こうなると、その他の主張も推して知るべしという感じです。

 これ以上論評すると名誉毀損になりそうですのでやめます。
モトケン (2007年6月23日 18:15) | コメント(15) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:安田弁護士らの主張の検討>だめだこりゃ - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき


そのような本質を有する刑事弁護に対して多数派の声によって圧力を<元検弁護 士のつぶやき>



光母子殺害事件弁護団の我慢の限界?

橋下弁護士を弁護士が提訴へ…テレビでの「懲戒呼び掛け」めぐり(サンスポ)

 まだ予定のようですが

 場外乱闘の雰囲気ですね。

 橋下弁護士が自分で懲戒申立をする分には何の問題もないと思います。
 それをテレビで公表したとしても、まあ許容範囲かも知れません。
 しかし、視聴者にも懲戒請求をするように呼びかけるとなりますと、個人的には懲戒制度の趣旨を逸脱しているように思います。

 刑事弁護というものは、たった一人の少数意見であったとしてもそれを少数であるというだけでは絶対に排斥してはいけないものです。
 逆に言えば、多数の意見が正しいとは限らない領域です。
 橋下弁護士の呼びかけは、そのような本質を有する刑事弁護に対して多数派の声によって圧力をかける意図があったように思われます。

 提訴されたらほぼ確実に最高裁までいきそうな事案ですね。
モトケン (2007年8月28日 13:10) | コメント(79) | トラックバック(1) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:光母子殺害事件弁護団の我慢の限界? - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき


2013年2月18日月曜日

個々の弁護士が個々の事件でいちいち弁護方針の正当性を国民に説明しにゃいか んのか<元検弁護士のつぶやき>



母子殺害弁護団に懲戒請求3900件

光・母子殺害:弁護人への懲戒処分請求、全国で3900件(毎日新聞 2007年9月4日 3時00分 ウェブ魚拓)

 3900件ですか。まだ増えそうですが。
 弁護団が22人いるそうですから、単純計算すると一人あたり200件前後になりますか。
 安田弁護士に集中している可能性もありますが、少ない人でも100件前後の請求を受けていることが考えられます。
 100件でも日常業務にかなり影響が出ているかも知れませんね。

日弁連などによると、この事件の弁護人らが所属する弁護士会への懲戒請求が激増したのは今年5月末ごろ。橋下(はしもと)徹弁護士(38)がバラエティー番組で懲戒請求を促すような発言をした時期と一致する。

 因果関係は認められそうですね。

橋下弁護士は個人ブログで「弁護士というのはこんなふざけた主張をするものなんだと印象付けた今回の活動は、完全に懲戒事由にあたる」と持論を展開している。

 正確を期すために橋下弁護士のブログの記述を引用させていただきます。

一言で言えば、説明義務違反、被害者に対して、国民に対してのね。

一審・二審で全く主張していなかった、新たな主張をなぜ差し戻し審で主張することになったのか。
第一に被害者への、そして第二に裁判制度という制度の享受者である国民への説明を怠っている。
今回新たな主張を展開することによって、判決が遅れる。
これによって一番苦痛を被るのは被害者だ。一審・二審で弁護人がきちんと主張していれば、今回のように裁判制度によって被害者が振り回され、翻弄されることはなかっただろう。一審・二審の弁護人の弁護活動が不十分だったのであれば、その点をきちんと説明した上で、今回のような主張を展開すべきだ。
一審・二審では被告人自身もその犯行態様を完全に認めており、最高裁までもその点については事実誤認は全くないとしていることについて、差し戻し審でこれまでの主張と全く異なる主張をするのであれば、なぜそのような新たな主張をすることになったのか、裁判制度に対する国民の信頼を失墜させないためにも、被害者や国民にきちんと説明する形で弁護活動をすべきだ。
その点の説明をすっ飛ばして、新たな主張を展開し、裁判制度によって被害者をいたずらに振り回し、国民に弁護士というのはこんなふざけた主張をするものなんだと印象付けた今回の弁護団の弁護活動は完全に懲戒事由にあたる、というのが僕の主張の骨子です。(詳細は橋下弁護士のブログを見てください。)

 私のコメントも参照してください。十分じゃないですけど。
 橋下弁護士の苛立ちは、強いて言えば刑事弁護の意義について十分な広報活動をしてこなかった日弁連に向けられるべきだと思います。
 個々の弁護士が個々の事件でいちいち弁護方針の正当性を国民に説明しにゃいかんのか、と思うわけです。
 弁護団のマスコミ対応も、どういうつもりでやっているのか理解できないところがありますが、だからといって国民が納得する説明をしろと言われてもな~、という感じがします。

「裁判の遅延」を批判する内容が多いという。

 どういう事情をとらえて「裁判の遅延」を批判しているのかわかりませんが、懲戒理由としては申し立てた人たちが主体的に考えているような気がします。
モトケン (2007年9月 4日 13:25) | コメント(50) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:母子殺害弁護団に懲戒請求3900件 - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき


被疑者・被告人の利益を守る、ということです。その一点において例外は認められません<元検弁護士のつぶやき>



刑事弁護について

 橋下弁護士が、ブログ(橋下徹のLawyer’s EYE)で意見を述べています。

 で、私の意見はどうかということですが、オードリーさんに過去ログを読んでくださいと言った手前、私自身で少し自分の書いたエントリを読み直してみました。
 こういう意見を書いています。
 裁判員制度と安田弁護士的弁護

 読み比べていただくと分かりますが、一見、よく似た意見です。
 ほとんど同じに見えるところもあると思います。

 しかし、私は橋下弁護士の主張する理由に基づいて、弁護団を懲戒すべし、という意見には賛成できません。

 刑事弁護には、絶対にゆるがせにしてはいけないことが一つあります。
 それは、被疑者・被告人の利益を守る、ということです。
 その一点において例外は認められません。
 つまり、どんな被告人であってもその利益を守らなければいけない、ということです。
 具体的に言いますと、弁護人はたとえ依頼者である被告人が黒だと確信したとしても、被告人が「自分は無実だ」と主張する以上は、弁護人の立場にとどまる限り、有罪の弁論をすることは許されないのです。
 無罪を主張する被告人の弁護人が、被告人の有罪を確信した場合にその弁護人はどうするべきか、という問題は、司法研修所の刑事弁護教育における重要かつ困難な問題で、これが正しいという答がありません。
 こうするべしという答はありませんが、被告人は有罪であるという弁論をしてはいけないことについては異論を見ないはずです。たぶん、橋下弁護士もこの結論は認めるでしょう。
 辞任というのも一つの考え方であり選択肢でありますが、辞任した場合は別の弁護士がその被告人の弁護人に就任しなければなりません。
 結局、誰かが被告人の無罪の弁論をしなければならないことになります。

 橋下弁護士の主張の当否は、以上を前提にして考える必要があります。
 橋下弁護士は、

私の主張の骨子は、弁護士法上の懲戒事由である「弁護士会の信用を害する行為、品位を失う行為」の基準は、世間の基準だということです。

と主張しています。
 この主張を、橋下弁護士のいう説明責任という観点から本件に即して言いますと

 被告人の主張が変遷(内容が変わることです)した場合には、弁護人はその変遷の理由について、世間が納得できるように説明すべきである。

ということになると思います。

 しかし、そんなことはいつもいつもできるわけではないのです。
 話をさせるたびに話の内容がころころ変わる被告人がいます。
 言い訳の矛盾を指摘されるたびに新たな言い訳をその場の思いつきで口にして、最後には支離滅裂の言い訳をする被告人もいます。
 そんな被告人の場合は、世間が納得する理由など説明できるはずがありません。
 納得できない理由ならいくらでも考えることができるかも知れませんが。
 被告人の有罪を確信し、被告人の弁解がおよそ裁判官に採用されないことを分かりながら、被告人の主張を代弁している弁護人はそれこそごまんといるのです。
 世間が理解すべきは、弁護人の仕事とはそういうものである、ということです。

 このような弁護人の職責がいかに重要であるかは、この拙文をお読みの皆さんが無実の罪で逮捕・起訴され、マスコミはもちろん家族もあなたの有罪を信じてしまった場合のことを考えていただけると少しはおわかりになるのではないでしょうか。
 自分はそんなことになるはずがない、とお考えの人も多いと思いますが、これまで冤罪に苦しんだ人たちは、逮捕される前は例外なくそう思っていたはずです。

 補足しますと、弁護人が依頼者を有罪であると確信する根拠としては、検察官が収集した証拠に基づくわけですが、いかに強固に見える証拠であったとしてもそれは所詮警察・検察が収集した証拠であるわけですから、弁護人としてはそれらの証拠を無条件に信頼するわけにはいかないのです。
 言い換えれば、弁護人は、被告人が有罪であるという自己の確信の根拠を常に疑わなければいけないのです。
 そして、この弁護人としてのスタンスについては、例外を認めないことによってのみ冤罪防止の機能が働きます。
 
 私が思いますに、橋下弁護士は、本当に悩ましい事件の刑事弁護をしたことがないのではないでしょうか。
 たぶん、国選弁護事件は弁護士になりたてのころに問題のない自白事件を少しやっただけなのではないかと思えてしまいます。

 刑事弁護人の苦悩を知らずに批判しているように思えます。

追記
 こちら(「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」)もどうぞ。
モトケン (2007年9月 7日 22:22) | コメント(67) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:刑事弁護について - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき

刑事弁護人の苦悩を知らずに批判しているように思えます<元検弁護士のつぶやき>



刑事弁護について

 橋下弁護士が、ブログ(橋下徹のLawyer’s EYE)で意見を述べています。

 で、私の意見はどうかということですが、オードリーさんに過去ログを読んでくださいと言った手前、私自身で少し自分の書いたエントリを読み直してみました。
 こういう意見を書いています。
 裁判員制度と安田弁護士的弁護

 読み比べていただくと分かりますが、一見、よく似た意見です。
 ほとんど同じに見えるところもあると思います。

 しかし、私は橋下弁護士の主張する理由に基づいて、弁護団を懲戒すべし、という意見には賛成できません。

 刑事弁護には、絶対にゆるがせにしてはいけないことが一つあります。
 それは、被疑者・被告人の利益を守る、ということです。
 その一点において例外は認められません。
 つまり、どんな被告人であってもその利益を守らなければいけない、ということです。
 具体的に言いますと、弁護人はたとえ依頼者である被告人が黒だと確信したとしても、被告人が「自分は無実だ」と主張する以上は、弁護人の立場にとどまる限り、有罪の弁論をすることは許されないのです。
 無罪を主張する被告人の弁護人が、被告人の有罪を確信した場合にその弁護人はどうするべきか、という問題は、司法研修所の刑事弁護教育における重要かつ困難な問題で、これが正しいという答がありません。
 こうするべしという答はありませんが、被告人は有罪であるという弁論をしてはいけないことについては異論を見ないはずです。たぶん、橋下弁護士もこの結論は認めるでしょう。
 辞任というのも一つの考え方であり選択肢でありますが、辞任した場合は別の弁護士がその被告人の弁護人に就任しなければなりません。
 結局、誰かが被告人の無罪の弁論をしなければならないことになります。

 橋下弁護士の主張の当否は、以上を前提にして考える必要があります。
 橋下弁護士は、

私の主張の骨子は、弁護士法上の懲戒事由である「弁護士会の信用を害する行為、品位を失う行為」の基準は、世間の基準だということです。

と主張しています。
 この主張を、橋下弁護士のいう説明責任という観点から本件に即して言いますと

 被告人の主張が変遷(内容が変わることです)した場合には、弁護人はその変遷の理由について、世間が納得できるように説明すべきである。

ということになると思います。

 しかし、そんなことはいつもいつもできるわけではないのです。
 話をさせるたびに話の内容がころころ変わる被告人がいます。
 言い訳の矛盾を指摘されるたびに新たな言い訳をその場の思いつきで口にして、最後には支離滅裂の言い訳をする被告人もいます。
 そんな被告人の場合は、世間が納得する理由など説明できるはずがありません。
 納得できない理由ならいくらでも考えることができるかも知れませんが。
 被告人の有罪を確信し、被告人の弁解がおよそ裁判官に採用されないことを分かりながら、被告人の主張を代弁している弁護人はそれこそごまんといるのです。
 世間が理解すべきは、弁護人の仕事とはそういうものである、ということです。

 このような弁護人の職責がいかに重要であるかは、この拙文をお読みの皆さんが無実の罪で逮捕・起訴され、マスコミはもちろん家族もあなたの有罪を信じてしまった場合のことを考えていただけると少しはおわかりになるのではないでしょうか。
 自分はそんなことになるはずがない、とお考えの人も多いと思いますが、これまで冤罪に苦しんだ人たちは、逮捕される前は例外なくそう思っていたはずです。

 補足しますと、弁護人が依頼者を有罪であると確信する根拠としては、検察官が収集した証拠に基づくわけですが、いかに強固に見える証拠であったとしてもそれは所詮警察・検察が収集した証拠であるわけですから、弁護人としてはそれらの証拠を無条件に信頼するわけにはいかないのです。
 言い換えれば、弁護人は、被告人が有罪であるという自己の確信の根拠を常に疑わなければいけないのです。
 そして、この弁護人としてのスタンスについては、例外を認めないことによってのみ冤罪防止の機能が働きます。
 
 私が思いますに、橋下弁護士は、本当に悩ましい事件の刑事弁護をしたことがないのではないでしょうか。
 たぶん、国選弁護事件は弁護士になりたてのころに問題のない自白事件を少しやっただけなのではないかと思えてしまいます。

 刑事弁護人の苦悩を知らずに批判しているように思えます。

追記
 こちら(「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」)もどうぞ。
モトケン (2007年9月 7日 22:22) | コメント(67) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:刑事弁護について - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき

刑事弁護には、絶対にゆるがせにしてはいけないことが一つあります<元検弁護士のつぶやき>



刑事弁護について

 橋下弁護士が、ブログ(橋下徹のLawyer’s EYE)で意見を述べています。

 で、私の意見はどうかということですが、オードリーさんに過去ログを読んでくださいと言った手前、私自身で少し自分の書いたエントリを読み直してみました。
 こういう意見を書いています。
 裁判員制度と安田弁護士的弁護

 読み比べていただくと分かりますが、一見、よく似た意見です。
 ほとんど同じに見えるところもあると思います。

 しかし、私は橋下弁護士の主張する理由に基づいて、弁護団を懲戒すべし、という意見には賛成できません。

 刑事弁護には、絶対にゆるがせにしてはいけないことが一つあります。
 それは、被疑者・被告人の利益を守る、ということです。
 その一点において例外は認められません。
 つまり、どんな被告人であってもその利益を守らなければいけない、ということです。
 具体的に言いますと、弁護人はたとえ依頼者である被告人が黒だと確信したとしても、被告人が「自分は無実だ」と主張する以上は、弁護人の立場にとどまる限り、有罪の弁論をすることは許されないのです。
 無罪を主張する被告人の弁護人が、被告人の有罪を確信した場合にその弁護人はどうするべきか、という問題は、司法研修所の刑事弁護教育における重要かつ困難な問題で、これが正しいという答がありません。
 こうするべしという答はありませんが、被告人は有罪であるという弁論をしてはいけないことについては異論を見ないはずです。たぶん、橋下弁護士もこの結論は認めるでしょう。
 辞任というのも一つの考え方であり選択肢でありますが、辞任した場合は別の弁護士がその被告人の弁護人に就任しなければなりません。
 結局、誰かが被告人の無罪の弁論をしなければならないことになります。

 橋下弁護士の主張の当否は、以上を前提にして考える必要があります。
 橋下弁護士は、

私の主張の骨子は、弁護士法上の懲戒事由である「弁護士会の信用を害する行為、品位を失う行為」の基準は、世間の基準だということです。

と主張しています。
 この主張を、橋下弁護士のいう説明責任という観点から本件に即して言いますと

 被告人の主張が変遷(内容が変わることです)した場合には、弁護人はその変遷の理由について、世間が納得できるように説明すべきである。

ということになると思います。

 しかし、そんなことはいつもいつもできるわけではないのです。
 話をさせるたびに話の内容がころころ変わる被告人がいます。
 言い訳の矛盾を指摘されるたびに新たな言い訳をその場の思いつきで口にして、最後には支離滅裂の言い訳をする被告人もいます。
 そんな被告人の場合は、世間が納得する理由など説明できるはずがありません。
 納得できない理由ならいくらでも考えることができるかも知れませんが。
 被告人の有罪を確信し、被告人の弁解がおよそ裁判官に採用されないことを分かりながら、被告人の主張を代弁している弁護人はそれこそごまんといるのです。
 世間が理解すべきは、弁護人の仕事とはそういうものである、ということです。

 このような弁護人の職責がいかに重要であるかは、この拙文をお読みの皆さんが無実の罪で逮捕・起訴され、マスコミはもちろん家族もあなたの有罪を信じてしまった場合のことを考えていただけると少しはおわかりになるのではないでしょうか。
 自分はそんなことになるはずがない、とお考えの人も多いと思いますが、これまで冤罪に苦しんだ人たちは、逮捕される前は例外なくそう思っていたはずです。

 補足しますと、弁護人が依頼者を有罪であると確信する根拠としては、検察官が収集した証拠に基づくわけですが、いかに強固に見える証拠であったとしてもそれは所詮警察・検察が収集した証拠であるわけですから、弁護人としてはそれらの証拠を無条件に信頼するわけにはいかないのです。
 言い換えれば、弁護人は、被告人が有罪であるという自己の確信の根拠を常に疑わなければいけないのです。
 そして、この弁護人としてのスタンスについては、例外を認めないことによってのみ冤罪防止の機能が働きます。
 
 私が思いますに、橋下弁護士は、本当に悩ましい事件の刑事弁護をしたことがないのではないでしょうか。
 たぶん、国選弁護事件は弁護士になりたてのころに問題のない自白事件を少しやっただけなのではないかと思えてしまいます。

 刑事弁護人の苦悩を知らずに批判しているように思えます。

追記
 こちら(「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」)もどうぞ。
モトケン (2007年9月 7日 22:22) | コメント(67) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:刑事弁護について - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき

世間が理解すべきは、弁護人の仕事とはそういうものである、ということです<元検弁護士のつぶやき>



刑事弁護について

 橋下弁護士が、ブログ(橋下徹のLawyer’s EYE)で意見を述べています。

 で、私の意見はどうかということですが、オードリーさんに過去ログを読んでくださいと言った手前、私自身で少し自分の書いたエントリを読み直してみました。
 こういう意見を書いています。
 裁判員制度と安田弁護士的弁護

 読み比べていただくと分かりますが、一見、よく似た意見です。
 ほとんど同じに見えるところもあると思います。

 しかし、私は橋下弁護士の主張する理由に基づいて、弁護団を懲戒すべし、という意見には賛成できません。

 刑事弁護には、絶対にゆるがせにしてはいけないことが一つあります。
 それは、被疑者・被告人の利益を守る、ということです。
 その一点において例外は認められません。
 つまり、どんな被告人であってもその利益を守らなければいけない、ということです。
 具体的に言いますと、弁護人はたとえ依頼者である被告人が黒だと確信したとしても、被告人が「自分は無実だ」と主張する以上は、弁護人の立場にとどまる限り、有罪の弁論をすることは許されないのです。
 無罪を主張する被告人の弁護人が、被告人の有罪を確信した場合にその弁護人はどうするべきか、という問題は、司法研修所の刑事弁護教育における重要かつ困難な問題で、これが正しいという答がありません。
 こうするべしという答はありませんが、被告人は有罪であるという弁論をしてはいけないことについては異論を見ないはずです。たぶん、橋下弁護士もこの結論は認めるでしょう。
 辞任というのも一つの考え方であり選択肢でありますが、辞任した場合は別の弁護士がその被告人の弁護人に就任しなければなりません。
 結局、誰かが被告人の無罪の弁論をしなければならないことになります。

 橋下弁護士の主張の当否は、以上を前提にして考える必要があります。
 橋下弁護士は、

私の主張の骨子は、弁護士法上の懲戒事由である「弁護士会の信用を害する行為、品位を失う行為」の基準は、世間の基準だということです。

と主張しています。
 この主張を、橋下弁護士のいう説明責任という観点から本件に即して言いますと

 被告人の主張が変遷(内容が変わることです)した場合には、弁護人はその変遷の理由について、世間が納得できるように説明すべきである。

ということになると思います。

 しかし、そんなことはいつもいつもできるわけではないのです。
 話をさせるたびに話の内容がころころ変わる被告人がいます。
 言い訳の矛盾を指摘されるたびに新たな言い訳をその場の思いつきで口にして、最後には支離滅裂の言い訳をする被告人もいます。
 そんな被告人の場合は、世間が納得する理由など説明できるはずがありません。
 納得できない理由ならいくらでも考えることができるかも知れませんが。
 被告人の有罪を確信し、被告人の弁解がおよそ裁判官に採用されないことを分かりながら、被告人の主張を代弁している弁護人はそれこそごまんといるのです。
 世間が理解すべきは、弁護人の仕事とはそういうものである、ということです。

 このような弁護人の職責がいかに重要であるかは、この拙文をお読みの皆さんが無実の罪で逮捕・起訴され、マスコミはもちろん家族もあなたの有罪を信じてしまった場合のことを考えていただけると少しはおわかりになるのではないでしょうか。
 自分はそんなことになるはずがない、とお考えの人も多いと思いますが、これまで冤罪に苦しんだ人たちは、逮捕される前は例外なくそう思っていたはずです。

 補足しますと、弁護人が依頼者を有罪であると確信する根拠としては、検察官が収集した証拠に基づくわけですが、いかに強固に見える証拠であったとしてもそれは所詮警察・検察が収集した証拠であるわけですから、弁護人としてはそれらの証拠を無条件に信頼するわけにはいかないのです。
 言い換えれば、弁護人は、被告人が有罪であるという自己の確信の根拠を常に疑わなければいけないのです。
 そして、この弁護人としてのスタンスについては、例外を認めないことによってのみ冤罪防止の機能が働きます。
 
 私が思いますに、橋下弁護士は、本当に悩ましい事件の刑事弁護をしたことがないのではないでしょうか。
 たぶん、国選弁護事件は弁護士になりたてのころに問題のない自白事件を少しやっただけなのではないかと思えてしまいます。

 刑事弁護人の苦悩を知らずに批判しているように思えます。

追記
 こちら(「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」)もどうぞ。
モトケン (2007年9月 7日 22:22) | コメント(67) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:刑事弁護について - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき

そんな被告人の場合は、世間が納得する理由など説明できるはずがありません<元検弁護士のつぶやき>



刑事弁護について

 橋下弁護士が、ブログ(橋下徹のLawyer’s EYE)で意見を述べています。

 で、私の意見はどうかということですが、オードリーさんに過去ログを読んでくださいと言った手前、私自身で少し自分の書いたエントリを読み直してみました。
 こういう意見を書いています。
 裁判員制度と安田弁護士的弁護

 読み比べていただくと分かりますが、一見、よく似た意見です。
 ほとんど同じに見えるところもあると思います。

 しかし、私は橋下弁護士の主張する理由に基づいて、弁護団を懲戒すべし、という意見には賛成できません。

 刑事弁護には、絶対にゆるがせにしてはいけないことが一つあります。
 それは、被疑者・被告人の利益を守る、ということです。
 その一点において例外は認められません。
 つまり、どんな被告人であってもその利益を守らなければいけない、ということです。
 具体的に言いますと、弁護人はたとえ依頼者である被告人が黒だと確信したとしても、被告人が「自分は無実だ」と主張する以上は、弁護人の立場にとどまる限り、有罪の弁論をすることは許されないのです。
 無罪を主張する被告人の弁護人が、被告人の有罪を確信した場合にその弁護人はどうするべきか、という問題は、司法研修所の刑事弁護教育における重要かつ困難な問題で、これが正しいという答がありません。
 こうするべしという答はありませんが、被告人は有罪であるという弁論をしてはいけないことについては異論を見ないはずです。たぶん、橋下弁護士もこの結論は認めるでしょう。
 辞任というのも一つの考え方であり選択肢でありますが、辞任した場合は別の弁護士がその被告人の弁護人に就任しなければなりません。
 結局、誰かが被告人の無罪の弁論をしなければならないことになります。

 橋下弁護士の主張の当否は、以上を前提にして考える必要があります。
 橋下弁護士は、

私の主張の骨子は、弁護士法上の懲戒事由である「弁護士会の信用を害する行為、品位を失う行為」の基準は、世間の基準だということです。

と主張しています。
 この主張を、橋下弁護士のいう説明責任という観点から本件に即して言いますと

 被告人の主張が変遷(内容が変わることです)した場合には、弁護人はその変遷の理由について、世間が納得できるように説明すべきである。

ということになると思います。

 しかし、そんなことはいつもいつもできるわけではないのです。
 話をさせるたびに話の内容がころころ変わる被告人がいます。
 言い訳の矛盾を指摘されるたびに新たな言い訳をその場の思いつきで口にして、最後には支離滅裂の言い訳をする被告人もいます。
 そんな被告人の場合は、世間が納得する理由など説明できるはずがありません。
 納得できない理由ならいくらでも考えることができるかも知れませんが。
 被告人の有罪を確信し、被告人の弁解がおよそ裁判官に採用されないことを分かりながら、被告人の主張を代弁している弁護人はそれこそごまんといるのです。
 世間が理解すべきは、弁護人の仕事とはそういうものである、ということです。

 このような弁護人の職責がいかに重要であるかは、この拙文をお読みの皆さんが無実の罪で逮捕・起訴され、マスコミはもちろん家族もあなたの有罪を信じてしまった場合のことを考えていただけると少しはおわかりになるのではないでしょうか。
 自分はそんなことになるはずがない、とお考えの人も多いと思いますが、これまで冤罪に苦しんだ人たちは、逮捕される前は例外なくそう思っていたはずです。

 補足しますと、弁護人が依頼者を有罪であると確信する根拠としては、検察官が収集した証拠に基づくわけですが、いかに強固に見える証拠であったとしてもそれは所詮警察・検察が収集した証拠であるわけですから、弁護人としてはそれらの証拠を無条件に信頼するわけにはいかないのです。
 言い換えれば、弁護人は、被告人が有罪であるという自己の確信の根拠を常に疑わなければいけないのです。
 そして、この弁護人としてのスタンスについては、例外を認めないことによってのみ冤罪防止の機能が働きます。
 
 私が思いますに、橋下弁護士は、本当に悩ましい事件の刑事弁護をしたことがないのではないでしょうか。
 たぶん、国選弁護事件は弁護士になりたてのころに問題のない自白事件を少しやっただけなのではないかと思えてしまいます。

 刑事弁護人の苦悩を知らずに批判しているように思えます。

追記
 こちら(「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」)もどうぞ。
モトケン (2007年9月 7日 22:22) | コメント(67) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:刑事弁護について - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき

その場の思いつきで口にして、最後には支離滅裂の言い訳をする被告人もいます<元検弁護士のつぶやき>



刑事弁護について

 橋下弁護士が、ブログ(橋下徹のLawyer’s EYE)で意見を述べています。

 で、私の意見はどうかということですが、オードリーさんに過去ログを読んでくださいと言った手前、私自身で少し自分の書いたエントリを読み直してみました。
 こういう意見を書いています。
 裁判員制度と安田弁護士的弁護

 読み比べていただくと分かりますが、一見、よく似た意見です。
 ほとんど同じに見えるところもあると思います。

 しかし、私は橋下弁護士の主張する理由に基づいて、弁護団を懲戒すべし、という意見には賛成できません。

 刑事弁護には、絶対にゆるがせにしてはいけないことが一つあります。
 それは、被疑者・被告人の利益を守る、ということです。
 その一点において例外は認められません。
 つまり、どんな被告人であってもその利益を守らなければいけない、ということです。
 具体的に言いますと、弁護人はたとえ依頼者である被告人が黒だと確信したとしても、被告人が「自分は無実だ」と主張する以上は、弁護人の立場にとどまる限り、有罪の弁論をすることは許されないのです。
 無罪を主張する被告人の弁護人が、被告人の有罪を確信した場合にその弁護人はどうするべきか、という問題は、司法研修所の刑事弁護教育における重要かつ困難な問題で、これが正しいという答がありません。
 こうするべしという答はありませんが、被告人は有罪であるという弁論をしてはいけないことについては異論を見ないはずです。たぶん、橋下弁護士もこの結論は認めるでしょう。
 辞任というのも一つの考え方であり選択肢でありますが、辞任した場合は別の弁護士がその被告人の弁護人に就任しなければなりません。
 結局、誰かが被告人の無罪の弁論をしなければならないことになります。

 橋下弁護士の主張の当否は、以上を前提にして考える必要があります。
 橋下弁護士は、

私の主張の骨子は、弁護士法上の懲戒事由である「弁護士会の信用を害する行為、品位を失う行為」の基準は、世間の基準だということです。

と主張しています。
 この主張を、橋下弁護士のいう説明責任という観点から本件に即して言いますと

 被告人の主張が変遷(内容が変わることです)した場合には、弁護人はその変遷の理由について、世間が納得できるように説明すべきである。

ということになると思います。

 しかし、そんなことはいつもいつもできるわけではないのです。
 話をさせるたびに話の内容がころころ変わる被告人がいます。
 言い訳の矛盾を指摘されるたびに新たな言い訳をその場の思いつきで口にして、最後には支離滅裂の言い訳をする被告人もいます。
 そんな被告人の場合は、世間が納得する理由など説明できるはずがありません。
 納得できない理由ならいくらでも考えることができるかも知れませんが。
 被告人の有罪を確信し、被告人の弁解がおよそ裁判官に採用されないことを分かりながら、被告人の主張を代弁している弁護人はそれこそごまんといるのです。
 世間が理解すべきは、弁護人の仕事とはそういうものである、ということです。

 このような弁護人の職責がいかに重要であるかは、この拙文をお読みの皆さんが無実の罪で逮捕・起訴され、マスコミはもちろん家族もあなたの有罪を信じてしまった場合のことを考えていただけると少しはおわかりになるのではないでしょうか。
 自分はそんなことになるはずがない、とお考えの人も多いと思いますが、これまで冤罪に苦しんだ人たちは、逮捕される前は例外なくそう思っていたはずです。

 補足しますと、弁護人が依頼者を有罪であると確信する根拠としては、検察官が収集した証拠に基づくわけですが、いかに強固に見える証拠であったとしてもそれは所詮警察・検察が収集した証拠であるわけですから、弁護人としてはそれらの証拠を無条件に信頼するわけにはいかないのです。
 言い換えれば、弁護人は、被告人が有罪であるという自己の確信の根拠を常に疑わなければいけないのです。
 そして、この弁護人としてのスタンスについては、例外を認めないことによってのみ冤罪防止の機能が働きます。
 
 私が思いますに、橋下弁護士は、本当に悩ましい事件の刑事弁護をしたことがないのではないでしょうか。
 たぶん、国選弁護事件は弁護士になりたてのころに問題のない自白事件を少しやっただけなのではないかと思えてしまいます。

 刑事弁護人の苦悩を知らずに批判しているように思えます。

追記
 こちら(「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」)もどうぞ。
モトケン (2007年9月 7日 22:22) | コメント(67) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:刑事弁護について - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき

これまで冤罪に苦しんだ人たちは、逮捕される前は例外なくそう<元検弁護士のつぶやき>



刑事弁護について

 橋下弁護士が、ブログ(橋下徹のLawyer’s EYE)で意見を述べています。

 で、私の意見はどうかということですが、オードリーさんに過去ログを読んでくださいと言った手前、私自身で少し自分の書いたエントリを読み直してみました。
 こういう意見を書いています。
 裁判員制度と安田弁護士的弁護

 読み比べていただくと分かりますが、一見、よく似た意見です。
 ほとんど同じに見えるところもあると思います。

 しかし、私は橋下弁護士の主張する理由に基づいて、弁護団を懲戒すべし、という意見には賛成できません。

 刑事弁護には、絶対にゆるがせにしてはいけないことが一つあります。
 それは、被疑者・被告人の利益を守る、ということです。
 その一点において例外は認められません。
 つまり、どんな被告人であってもその利益を守らなければいけない、ということです。
 具体的に言いますと、弁護人はたとえ依頼者である被告人が黒だと確信したとしても、被告人が「自分は無実だ」と主張する以上は、弁護人の立場にとどまる限り、有罪の弁論をすることは許されないのです。
 無罪を主張する被告人の弁護人が、被告人の有罪を確信した場合にその弁護人はどうするべきか、という問題は、司法研修所の刑事弁護教育における重要かつ困難な問題で、これが正しいという答がありません。
 こうするべしという答はありませんが、被告人は有罪であるという弁論をしてはいけないことについては異論を見ないはずです。たぶん、橋下弁護士もこの結論は認めるでしょう。
 辞任というのも一つの考え方であり選択肢でありますが、辞任した場合は別の弁護士がその被告人の弁護人に就任しなければなりません。
 結局、誰かが被告人の無罪の弁論をしなければならないことになります。

 橋下弁護士の主張の当否は、以上を前提にして考える必要があります。
 橋下弁護士は、

私の主張の骨子は、弁護士法上の懲戒事由である「弁護士会の信用を害する行為、品位を失う行為」の基準は、世間の基準だということです。

と主張しています。
 この主張を、橋下弁護士のいう説明責任という観点から本件に即して言いますと

 被告人の主張が変遷(内容が変わることです)した場合には、弁護人はその変遷の理由について、世間が納得できるように説明すべきである。

ということになると思います。

 しかし、そんなことはいつもいつもできるわけではないのです。
 話をさせるたびに話の内容がころころ変わる被告人がいます。
 言い訳の矛盾を指摘されるたびに新たな言い訳をその場の思いつきで口にして、最後には支離滅裂の言い訳をする被告人もいます。
 そんな被告人の場合は、世間が納得する理由など説明できるはずがありません。
 納得できない理由ならいくらでも考えることができるかも知れませんが。
 被告人の有罪を確信し、被告人の弁解がおよそ裁判官に採用されないことを分かりながら、被告人の主張を代弁している弁護人はそれこそごまんといるのです。
 世間が理解すべきは、弁護人の仕事とはそういうものである、ということです。

 このような弁護人の職責がいかに重要であるかは、この拙文をお読みの皆さんが無実の罪で逮捕・起訴され、マスコミはもちろん家族もあなたの有罪を信じてしまった場合のことを考えていただけると少しはおわかりになるのではないでしょうか。
 自分はそんなことになるはずがない、とお考えの人も多いと思いますが、これまで冤罪に苦しんだ人たちは、逮捕される前は例外なくそう思っていたはずです。

 補足しますと、弁護人が依頼者を有罪であると確信する根拠としては、検察官が収集した証拠に基づくわけですが、いかに強固に見える証拠であったとしてもそれは所詮警察・検察が収集した証拠であるわけですから、弁護人としてはそれらの証拠を無条件に信頼するわけにはいかないのです。
 言い換えれば、弁護人は、被告人が有罪であるという自己の確信の根拠を常に疑わなければいけないのです。
 そして、この弁護人としてのスタンスについては、例外を認めないことによってのみ冤罪防止の機能が働きます。
 
 私が思いますに、橋下弁護士は、本当に悩ましい事件の刑事弁護をしたことがないのではないでしょうか。
 たぶん、国選弁護事件は弁護士になりたてのころに問題のない自白事件を少しやっただけなのではないかと思えてしまいます。

 刑事弁護人の苦悩を知らずに批判しているように思えます。

追記
 こちら(「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」)もどうぞ。
モトケン (2007年9月 7日 22:22) | コメント(67) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:刑事弁護について - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき
送信者 元検弁護士のつぶやき