秋葉原事件の報道から思うこと<元検弁護士のつぶやき>
秋葉原事件の報道から思うこと
加藤容疑者、犯行前に試走20分…突入時機を見定めか(2008年6月18日14時33分 読売新聞)
この記事に限らず、これまでリークされている加藤容疑者の供述を見ていますと、捜査官側の、公判において心神喪失や心神耗弱の主張を絶対認めさせない、という強い姿勢を感じます。
絶対死刑にするという強い意思を感じるともいえます。
モトケン (2008年6月18日 14:38) | コメント(59) このエントリーを含むはてなブックマーク (Top)
コメント(59)
No.1 ゼロ+O さん | 2008年6月18日 15:26
>絶対死刑にするという強い意思を感じるともいえます。
なるほど、そのような見方で報道を眺めるわけですね。
私のような素人ですと、心の中で当然、極刑だと思ってしまっているので、漠然と報道を見てしまいがちで、これから進んで行くであろう裁判への道のりや検察側の主張維持をあんまり考えていませんでした。
(裁判員制度へ向けても、報道姿勢をもっと真剣に考えなければいけないと、反省してます。)
No.2 高野 善通 さん | 2008年6月18日 15:40
アキバ事件ではないですが、先日3人の死刑執行の際も、メディア報道はほとんどの見出しが「宮崎勤死刑囚の死刑執行」とありました。死刑制度を考えるという観点からは他の2人の執行も重要な要素ですが、とりわけ宮崎死刑囚が協調されたところに報道の恐ろしさを感じます。
No.3 電波病棟(さ。らみ); さん | 2008年6月18日 17:50
あっくんは出来の悪い弁護士なの?
No.4 惰眠 さん | 2008年6月18日 18:06
No.1 ゼロ+Oさん同様、私も目からうろこが落ちる思いです。
なるほど、報道対応にも警察側の意思は滲んでくるものなんですね。
ところで、モトケンさんのエントリー文を拝見してふと思ったのですが、
公判において心神喪失や心神耗弱の主張を絶対認めさせない、という強い姿勢を感じます。
絶対死刑にするという強い意思を感じるともいえます。
とお書きになっているということは、今後の公判で被告人を弁護するに当たり、主要な主張として持ち出しうる材料が他には見当たらないようだと見てらっしゃるのかな、と。そんなことを感じました。
裁判員制度もじきに始まりますし、争いうる事情をちょっと考えてみる価値はあるかな、なんて思ったりもします。
計画性は・・・ある程度は争う余地があるかもしれませんね。例えば、もともとの狙いは派遣元企業だったものの、事情から果たせず急遽「通り魔」に犯行形態を切り替えたものである、とか。
殺意は・・・トラックでの「突入」は、タクシーに接触してパニックに陥ったためブレーキとアクセルを踏み違えた、とか、刃体の短いナイフで一突きしただけなので明確な殺意があったとまでは言えない、とか「殺意はなかった」と主張できる部分もゼロではないでしょうが筋悪でしょうねえ。
そうなると矢張り、被告人が供述したとされる「最初何人か刺したところまでは覚えているが、その後の記憶はない」を手がかりに心神喪失か心神耗弱を主張、もしくは「最初何人かのあと」については心神喪失を主張して「殺害」された人数を減ずる論法が成り立ちうるかどうか、でしょうか。
あとは犯行に至る経緯を、被告人に有利な情状として主張できるかにかかってくるんでしょうかね。
しかし、彼の雇用形態・労働実態に由来する事情を、情状材料として力説すればするほど、逆に「一般予防」の観点から極刑判断に天秤が傾くような気がしないでもありません。
No.5 うらぶれ内科 さん | 2008年6月18日 19:46
しかし、何の根拠もありませんが被告も死刑を望んでいるんではないか、死刑を望んでいるものを死刑にしてもいったいどんな意味があるのかと考えております。
願わくば死刑にする前に十分な背景の解明を。
No.6 マツクラ さん | 2008年6月18日 21:53
ただ客観的事実を羅列してるに過ぎませんね。
モトケンさんは心神喪失の可能性がないと困るんですかね。
客観的事実が心神喪失でない事を指し示してしまったとしても、
それは報道の責任ではないですけど。
No.7 無印粗品 さん | 2008年6月18日 21:59
しかし、模倣犯の犯行予告による逮捕報道が連日のようにされているのに、逮捕者が止まらないのはどういうことなのでしょう。自分だけは大丈夫、とか思っているのでしょうか。理解に苦しみます。
No.8 noah さん | 2008年6月18日 22:15
この20分間については、数日前の報道だと、犯行をするにあたり逡巡していたという文脈が多かったと思うのですが。
容疑者からこの様な供述が取れたということですかね。
警察の勝利宣言みたいなもの?
No.9 fuka_fuka さん | 2008年6月18日 22:20
No.6 マツクラさま
エントリの趣旨について、少なくとも私の理解とは違うような。。。
モトケン先生は、リークされている供述内容が、事件に至るまでの時系列を詳細に記憶していること、つまりその間はっきり自分の行為を自覚していたことを裏付けるものであることから、 「捜査官の取り調べの方向性」 が透けて見えるという指摘をしているだけなのではないかと思っていました。
心神喪失を是としているニュアンスや、マスコミ批判の趣旨は、私には感じられなかったので、マツクラさまのコメントには少し違和感を覚えました。
No.10 モトケン さん | 2008年6月18日 22:28
>No.6 マツクラさん
>モトケンさんは心神喪失の可能性がないと困るんですかね。
いや、ぜんぜん。
>それは報道の責任ではないですけど。
報道の責任を問うていません。
要するに、No.9 fuka_fukaさんの説明がピンポンです。
No.11 みみみ さん | 2008年6月18日 22:41
それでもなお弁護人が心神耗弱や心神喪失を持ち出すと、またぞろ「困ったときの精神鑑定かよ」とバッシングが開始されるんでしょうね。
世間もマスコミも弁護人も光市差し戻し審で学習していればいいんですが。
>No.6 マツクラさん
このエントリーの主旨はそういうことではないと思いますよ。
No.12 マツクラ さん | 2008年6月18日 23:05
供述って一言しか書いてないですけど、それですら掲示板で殺人予告してますからわかりきった事。
それ以外も掲示板の書き込みや、防犯カメラから得た情報など、現時点で明白な事実を羅列してるだけです。
このニュースを見る限りでは、「捜査官の取り調べの方向性」 なんて普通の人にはわかりません。
ここの人らって、時々面白い事を言い出しますね。
No.13 モトケン さん | 2008年6月18日 23:23
>マツクラさん
>普通の人にはわかりません。
私はある意味で「普通の人」ではないんですよ。
「普通の人」にわかれと言ってるわけでもありませんしね。
検事経験者の私の目にはそう映る、というだけです。
No.14 an_accused さん | 2008年6月19日 00:30
>検事経験者の目にはそう映る
そのうえで、無批判なんですね。
モトケン先生は取調べ可視化についてさんざん弁護人や弁護人によるリークを問題視してこられたわけですが、現状における「捜査機関による恣意的なリークによる情報操作の可能性」にはこの程度のエントリーですか。
No.15 pon さん | 2008年6月19日 00:51
検察の政治性のお話ですね。
検察がこのようなリークを行うのは、リークが検察にとって有益だと判断しているからですよね。
これは即ち、検察は裁判がリーク情報によって左右されうるものだと認識しているからであり、司法の一端を担う存在が司法の独立を否定しているのではないか?
と思っていますがいかがなものでしょうね。
似たような話で光市事件の最高裁で、例の安田弁護士が欠席した件を批判して、何の臆面もなしに弁護人抜きで審判続行を主張した、というのもありましたが、ああいうのは検察の人にとっては普通何ですか?
No.16 通行人1 さん | 2008年6月19日 13:03
>絶対死刑にするという強い意思を感じるともいえます。
裁判員に「予断」を与えるかも知れない報道がこういう風に行われているとすれば恐ろしいですね。
そこまで考えて「報道」を見る必要があるのは大変です。
メディアも「釣り」に引っかかっているのかもしれませんが、こういう側面からの検証記事も出して欲しいところです。もっともそういうメディアは「記者クラブ出入り禁止」になるかも知れませんけどね。
この国では「報道の自由」が保障されている、と信じている私は「おめでたい」のでしょうね。
実際、アメリカでも「ベトちゃん・ドクちゃん」の問題はほとんど報道されなかったと言いますし、逆に「言論の自由」など無いことを知っていたソビエト時代の市民が楽しんでいた「アネクドート」の方がよほど真実を伝えていた、という例はかなりあります。
No.17 惰眠 さん | 2008年6月19日 14:00
うーん、刑事事件を扱うことのある弁護士の感覚としては「リーク」と言う用語になるのかもしれませんが、以前にも同様のことを書いたんですが、これって捜査当局が普通に行っている対報道の広報(取材対応)で話してる内容なんじゃないかと思うんですよ。
で、刑事警察機構のサイドには、そうした報道取材への対応がシステムとして存在するので、捜査側の情報がメディアを通じて一般に流れるのに対して、弁護士は「マスコミに話すことなんかない」っていうのがスタンダードらしいじゃないですか。
勾留中の被疑者に接見した弁護士さんや拘置所で被告人に接見した弁護人さんに、記者が群がるの図を私も見たことありますが、ここで警察「広報」並みの取材対応をとらないから、マスコミ報道はどこを見ても「警察情報一辺倒」になるんじゃないのかなあ。
そりゃ、組織として動く刑事警察機構と、個人営業の弁護士とで同水準の対応が取れるとは思いませんけれども・・・
No.18 通行人1 さん | 2008年6月19日 14:10
これは「リーク」とは言わないようですね(^^;
ブログに容疑者の様子など掲載、司法修習生に守秘義務違反の疑いも
No.19 Yacht さん | 2008年6月19日 15:31
弁護士も記者会見による情報発信が必要となると、別エントリでどなたかが書かれていたアメリカの弁護士のように「大衆を味方につけろ」が合言葉になるのでしょうか。
違和感を感じますが、社会的に合意形成された価値観を世論と呼ぶなら、それは法廷に反映されるべきとも思えます。
逆に言えば、例えば弁護人が心神耗弱が妥当と考え、かつ主張したい事案があるなら、世論すらも納得させる技術と手段が弁護人になければ、世論が事案を一面的に理解し、他の面を否定することで判決に悪影響を与えるのは必然とも思えます。
そうした意味からは、大衆に向けたプレゼンスキル・メディアリテラシーは、現代の弁護士に必須の項目なのかもしれませんね。
そんなものを民間の個人経営者である弁護士に求めるのは酷ですし、司法の均質保障という意味でも不適切に思えます。
なにかもう、検察組織に対抗しうる弁護組織を国家レベルで構成するのが正しいようにも思えてきましたが、それってやっぱりうまくいかないんですかね(^^;
No.20 ぼつでおk(医) さん | 2008年6月19日 15:59
陪審制の裁判制度を取り入れたらどうでしょう。法廷で陪審員を前に検察と弁護側が裁判長の指揮のもとに対決する。報道陣にもその争いが公開される。となると、捜査機関の捜査に対しても法廷で通用する公正さが要求されることになりますから。
No.21 ssd さん | 2008年6月19日 16:31
しかし、そもそもなんで取り調べ中の内容がこんなダダ漏れなんでしょう。
公判中に明らかになるなら、それはそれでいいのですが。
No.22 惰眠 さん | 2008年6月19日 20:15
>No.21 ssdさん
報道機関が取材し、それに応じる体制が警察組織に準備されているからでしょう。
警察当局も組織的に対応しているからには、公判維持に影響がでるような、本当にクリティカルな情報は話していないはずです。
余談ながら、「リーク」と言う表現から覗えるように、モトケンさんをはじめ弁護士の皆様は、こうした捜査過程での情報が報道されることを問題視しているように感じられるのですが、私は肯定的です。
程度の問題は無論ありますし、捜査側からの絵図だけが流れることでバイアスのかかった事件像を描いてしまう問題は否定できませんけれども、捜査は進捗しているのか、ちゃんと捜査してるのか、なんであんな事件が起こったのか、それらはやはり知りたいし、また世間に知らせることなく密室で粛々と公判まで持っていくのも不適切だと思うのであります。
No.23 あっくん さん | 2008年6月19日 20:46
>絶対死刑にするという強い意思を感じるともいえます。
プロの人が言うのだから正しいのでしょう。
ただ、「警察という組織」がなぜ「意志」を持つのかがわからないんですよね。
つか、僕は猥褻問題に興味があって、アキバといえば、この事件より少し前に「パンツ見せ女の逮捕」という事件がありました。
この逮捕の時にも「警察の意志」を感じたわけです。
でも、何で「警察という組織」がなぜ「意志」を持つのかがわからないんですよね。誰かわかる人いますか?
No.24 通行人2 さん | 2008年6月19日 21:49
このエントリー釣りだね
No.25 あっくん さん | 2008年6月19日 22:01
その心は?
No.26 だいちゃん さん | 2008年6月20日 01:40
秋葉原の被疑者は、明日、7人に対する殺人の容疑で再逮捕されるんですね。
今頃・・・
今まで、1人の女性に対する殺人未遂の現行犯でしか逮捕してなかったんだ。
悲惨な事件だとは言え・・・逮捕勾留期間なんてものは無視ですか。
弁護人がこの点をついて罪体がどうこうなるとも思えませんが、一応争っておくべきだと思います。
少なくとも、心神喪失の主張をするよりは、筋が良い・・・か?
No.27 感熱紙(刑) さん | 2008年6月20日 01:42
惰眠さんが既に言われていますが、これはいわゆる「捜査情報のリーク」などではなく、単なる報道対応ですよ。
報道機関の取材に対し、報道対応担当者(本部の次席か警察署副署長級の幹部と規定で決められています)が広報用原稿に基づき、現時点で報道できるような内容を広報しているものです。
モトケン先生が言われているのは、「捜査側が意図的に犯行の計画性や悪質性に関する情報をリークすることで世論を死刑容認に誘導している」などというのではなく、「報道されている供述内容からすれば、取調官は被疑者から犯行の計画性や悪質性に関する供述を確実に引き出しており、公判において死刑回避のための言い逃れ(犯行は突発的なもので殺意はなかったとか、犯行当時心神喪失状態だったとか)を封じる措置を講じている。これは裁判において確実に死刑を適用させようとする捜査機関の意思の表れだろう」ということなのではないでしょうか(違っていたらすいません)。
私も同業者の視点から見ると、こういった事件の被疑者にありがちな自暴自棄や投げやりな供述をさせるのではなく、事件に至るまでの心情や事件当時の心理状況や犯行状況などをしっかりと引き出しており、かなりの腕を持つ取調官が取調べを担当しているのだろうと想像します。
ちなみに捜査情報のリーク云々の点に関しては、別に警察としては報道に誠実に対応し、捜査経過を逐一報道機関に提供する義務はないんですよ。
しかし、報道機関の取材に対し、警察が「裁判に向けて保秘のため取材お断りします」なんて門前払いすれば、「国民の知る権利」や「報道の自由」を振りかざされ糾弾されたり、痛くもない腹を探られることになってしまいますので、可能な限りあくまでも組織的に対応しようとしているに過ぎないのです。
No.28 hatty さん | 2008年6月20日 09:15
今までは,リークはただのリークで,裁判官はそんなものに関係なく判断をしていたと思いますが,裁判員制度を見据えると,捜査官側と弁護士側のリーク合戦が始まると考えられますか。
光市事件の時の弁護側のリークは,最悪でした。これから弁護士は,世間を味方につけるリーク手腕が必要となりますね。
だって,裁判員に今まで聞いてきた報道はすべて忘れてください。この法廷の中だけで判断してくださいと説明しても,普通の人間に,それは可能なんでしょうか。
No.29 モトケン さん | 2008年6月20日 19:39
>an_accusedさん
亀レスになりましたが、この件につきましてはこの程度のエントリーです。
あまり情報操作っぽくないので、情報操作批判としては適さないと思ったことと、情報操作以前の問題として情報をどう読むかどう読めるか、という点に着眼したエントリですので、情報操作批判には言及してません。
しかし、こうも読めると言ってしまうと、裁判員制度を睨んだ場合、情報操作の問題が生じることはご指摘のとおりでしょう。
なお、取調室における供述が秘密であるとする以上は、ひそひそ話であろうと広報であろうと、それはリークだと思います。
No.30 感熱紙(モバイル) さん | 2008年6月20日 20:55
>モトケン先生
>なお、取調室における供述が秘密であるとする以上は、ひそひそ話であろうと広報であろうと、それはリークだと思います。
被疑者の供述を含む捜査情報の公開を「リーク=意図的な情報漏洩」とするならば、マスコミには警察に対する事件取材を自粛して頂く必要がありますね。
ただ確かに裁判員制度の運用を考えれば、予断を排除する観点から、警察からの広報は事案の概要にとどめるべきなのでしょうね。
No.31 an_accused さん | 2008年6月20日 23:07
>モトケン先生
いつもながら丁寧なご回答をいただきありがとうございます。
>亀レスになりましたが、この件につきましてはこの程度のエントリーです。
あまり情報操作っぽくないので、情報操作批判としては適さないと思ったことと、情報操作以前の問題として情報をどう読むかどう読めるか、という点に着眼したエントリですので、情報操作批判には言及してません。
了解いたしました。
しかし、こうも読めると言ってしまうと、裁判員制度を睨んだ場合、情報操作の問題が生じることはご指摘のとおりでしょう。
裁判員制度を睨まなくったって問題だと思います。
>なお、取調室における供述が秘密であるとする以上は、ひそひそ話であろうと広報であろうと、それはリークだと思います。
そんなこと当たり前だろうと思っていたのですが、どうもそうではない人もいるようですから、やはり押さえておく必要はあったようです。
>感熱紙さま
>>なお、取調室における供述が秘密であるとする以上は、ひそひそ話であろうと広報であろうと、それはリークだと思います。
>被疑者の供述を含む捜査情報の公開を「リーク=意図的な情報漏洩」とするならば、
何を公にし、何を伏せておくかコントロールしている以上、「ある意図に基づく情報操作」であることに間違いありません。他の方はどうか知りませんが、少なくとも私は「漏洩か否か」を問題にしておらず、むしろ「裁判で任意性・信用性の検証を経ていない、従ってそれを社会的事実としてよいのかどうかまだ未確定な情報を、“広報用原稿にまとめて副署長とやらが発表する”こと」のほうが、「一捜査員がブン屋につきまとわれてついしゃべってしまうこと」よりずうっと問題だ、と考えているのです。
No.32 モトケン さん | 2008年6月20日 23:32
>No.31 an_accusedさん
>裁判員制度を睨まなくったって問題だと思います。
この点は私も少しひっかかりつつ書いていたところです。
マスコミ報道の影響は裁判員より職業裁判官のほうが相対的に少ないと思っているのですが、
一般に思われている、というか裁判官が自認するほどには影響を受けないわけではない、または影響を受ける職業裁判官が少ないわけではないのではなかろうか、という懸念はたしかにあります。
No.33 法務業の末席 さん | 2008年6月20日 23:53
>No.31 an_accused様
「裁判で任意性・信用性の検証を経ていない、従ってそれを社会的事実としてよいのかどうかまだ未確定な情報を、“広報用原稿にまとめて副署長とやらが発表する”こと」のほうが、「一捜査員がブン屋につきまとわれてついしゃべってしまうこと」よりずうっと問題だ
昔はアメリカの刑事物の映画やドラマ、刑事コロンボとかダーティーハリーなど良く見ました。その中で捜査を担当する捜査官や警察のキャップがが、事件を追ってきた記者にとっ捕まるシーンがよくあります。そのときのセリフが大抵「容疑者を拘束した、手続に則って然るべく捜査中だ。今言えるのはそれだけだ。そいつが何処の誰かって?大陪審の法廷を傍聴するんだな」こんな感じで、日本の刑事ドラマなどと大きく違うのに驚きを覚えつつ夢中で見ていました。
こそまさしく無罪推定の原則通りの対応だから、「捜査中だ、何も話せない」という木で鼻を括ったようなセリフに繋がるのだ、ということが最近ようやく解るようになりました。「容疑者は昨日までと違い一転して犯行を認めている」などと捜査する警察が率先して公表するのは、私も違和感があります。
発表する警察など捜査当局が悪いのか、それとも警察発表の記者会見を要求するマスコミが悪いのか、或いは留置場や取調室の中まで実況中継の如く知りたがる国民が悪いのか、いずれなんでしょうかね。
No.34 感熱紙(刑) さん | 2008年6月21日 00:12
>No.31 an_accusedさん
こんばんは。
>何を公にし、何を伏せておくかコントロールしている以上、「ある意図に基づく情報操作」であることに間違いありません。
どういう意図が考えられるのかお聞かせいただければ幸いです。
一応警察としては、「警察の手柄」については積極的に広報するのですが、捜査の経過や被疑者の供述状況については、情報発信はあくまでもマスコミの取材に応じるだけで、警察からの積極的な発表はあまりしていないのですが・・・
事実新聞記事でも、事件発生の第一報(と発生事実の詳細)については「警察側からの発表」となっていますが、その後の報道については「~であることが分かった。~と供述していることが明らかとなった。」等取材の結果であることが強調されています。
基本的に「聞かれないと答えないよ」が警察のスタンスであり、報道対応については「面倒な仕事」であると認識されています。
しかしながら、確かに
>「裁判で任意性・信用性の検証を経ていない、従ってそれを社会的事実としてよいのかどうかまだ未確定な情報を、“広報用原稿にまとめて副署長とやらが発表する”こと」
が問題であるという御意見は確かに正論であると思うのですが、それならば、判決確定前に弁護側が公判廷以外の場(記者会見等)で被告人の言い分を大々的に発表することも同様の問題があるように思われますが、これらの発表を規制することは「知る権利」と対立する可能性はないのでしょうか?
No.35 an_accused さん | 2008年6月21日 00:13
追記
>感熱紙さま
今回は、後から自分で読み返しても「上から目線」で書いちゃってるなあと思いました。
申し訳ないですが、本件に関する報道の多くが(というか事件報道一般が)「警察の広報に基づくもの」であることくらいは存じております。その上でのモトケン先生への批判コメントだった、ということです。ですので、「あれは警察の公式発表だ(だからリークにあたらないし問題でもない、というニュアンスを含みつつ)」といったコメントを(素人はともかくプロである感熱紙さまから)いただくと、正直まいったなあ、と思うわけです。
No.36 マツクラ(ド素人) さん | 2008年6月21日 00:30
an_accusedさんの
>裁判で任意性・信用性の検証を経ていない、従ってそれを社会的事実としてよいのかどうかまだ未確定な情報
と言うのが良くわかりません。
これ裁判のどのタイミングで確定情報になるんですかね。
検察と弁護士の主張が平行線のままの場合、地裁の判決?
私なんかは、一次情報に出来るだけ近いほうが信憑性が高いと思いますから、警察の発表を聞きたいですね。
ただ、一般論として言えば、発表のタイミングは起訴の時点にするのが公正かなと思うんですけど。
No.37 an_accused さん | 2008年6月21日 02:50
>感熱紙さま
夜も遅いのでとりあえず一点のみでご容赦ください。
>それならば、判決確定前に弁護側が公判廷以外の場(記者会見等)で被告人の言い分を大々的に発表することも同様の問題があるように思われますが、これらの発表を規制することは「知る権利」と対立する可能性はないのでしょうか?
まあ私は、重大事件の弁護人が記者会見などをすることについて「やめときゃいいのに」と思ってはいます。
ただし、弁護人に対する取材が定着しだしたのは近年、たしか西日本新聞だったかが始めた「被疑者の言い分報道」からだったように記憶しています。この「言い分報道」は、警察を主たる情報源とする(というか、被疑者の言い分でさえ「容疑者は否認している」といった類の警察発表に頼る)事件報道によって生じる「犯人視報道」から脱却するための試みだったわけですが、いくら弁護人が「大々的」に記者会見をしたところで、身柄を手元に置き証拠を一切合切握っている警察にかなうはずもなく、実際警察の発表は「~であることが判明した」といった形で事実として扱われるのにたいし、弁護人の主張はどこまでいっても「~と言っている」にしかならなかったわけです。
また、秋田児童殺害事件における弁護人の定例会見は、たしか、被疑者の親族に対するメディアスクラムを避けようとした弁護人が、被疑者との接見内容を話すかわりに親族への過剰取材を止めるよう記者クラブに要請して、記者クラブがこの要請を受け入れた結果開催が決まったものだったと記憶しています。
警察が取材対応を「面倒くさい」と感じているのと同様かそれ以上に、弁護人も「やらずに済ませられればやりたくない」と考えているし、マスコミが警察・検察の主張を主張ではなく確定した事実であるかのように扱ったり、被疑者の親族のプライバシーを人質にとったりしなければ(書いてて胸が悪くなってきました)、規制するまでもなくやらなくなると思いますよ。
No.38 じじい さん | 2008年6月21日 06:19
>何を公にし、何を伏せておくかコントロールしている以上、「ある意図に基づく情報操作」であることに間違いありません。
確かに、持っている情報量や社会的な信用度の差があるので、情報戦では警察側が有利に進めることができ、弁護側が不利になることは多いのかもしれません。だからこそのご指摘なのでしょう。
警察情報に関するマスコミ報道の問題点ばかりが指摘されますが、一方で私のような素人には、弁護側もマスコミ報道があればこそある程度警察の手の内が読めるのではないかとも思えます。また、警察が沈黙すれば、情報に飢えたマスコミの手が被疑者の身内やその周辺の方にさらに伸びていく危険性も高まるのではないかとさえ考えます。
警察の情報操作に疑念を抱かれる方にとっては、警察が何を話しても情報操作と感じられてしまうのでしょうから、そういう方が納得するためには、警察は裁判が終わるまでは一切外部に情報を話してはならないということにならざるを得ません。
私には、警察による「情報操作」の問題と比べて、警察が完黙して、マスコミが被疑者や被害者の関係者への猛烈な取材攻勢だけで、想像を逞しくして報道を続ける方が社会や被疑者・被害者のためになるとはどうしても思えないのですが、警察の情報操作を批判される方はその点についてどうお考えになるのか気になります。
No.39 法務業の末席 さん | 2008年6月21日 07:48
>No.38 じじい様
持っている情報量や社会的な信用度の差があるので、情報戦では警察側が有利に進めることができ、弁護側が不利になることは多いのかも
私は警察検察側Vs被告弁護側という訴訟上の視点のの他に、もう一つ別の視点があると感じます。
犯罪捜査を警察が行なう際に、容疑者を絞り込んで逮捕する前、多くの参考人からの事情聴取の段階では、警察は「今日は誰と誰から聴取した、参考人は概ねこのような話をしている」などと報道広報しませんし、マスコミもそうした具体的な情報を得たとしても軽々に記事にしません。なぜならば無罪推定により参考人のプライバシー保護と社会的な名誉の保持に配慮しているから。
ところが、容疑者が絞り込まれて逮捕され、参考人から容疑者と呼び名が変わった途端に、こうしたプライバシー保護と名誉の保持に対する配慮は吹っ飛んでしまいます。捜査機関もマスコミも無罪推定の原則を忘れ、「容疑者=犯罪者=有罪間違いなし」という前提での情報発表と報道記事になってしまいます。
そしてお茶の間でこうした警察広報に依拠する国民の大多数にとって、警察や新聞テレビが「犯人間違いなし」という扱いをしていることに慣らされてしまい、逮捕されたら犯人扱いして人権を無視する「推定有罪」として扱うのが当たり前の感覚になっている。こうした社会風潮を私は深く憂います。
裁判員制度が始まるにあたり、裁判で有罪の判決、裁判員に選任された者にとっては有罪の評決が下されるまで、たとえ手錠腰縄付きでゴム草履にジャージ姿という、みすぼらしくも哀れな容疑者や被告人であっても、推定無罪として接して欲しい。いや接するべきでしょう。
警察より広報された「供述内容」なるものが、法廷の場で検察側と弁護側双方の厳しい攻防を経ること無く、一方的に報道されて「お茶の間の犯人像」が作り上げられている現状を、私はとてもプライバシーや名誉という人権に配慮した広報&報道とは思えません。
「容疑者の身柄は拘束した、今はこれ以上のことは言えない。全ては法廷で明らかになる」
これで十分じゃないですか。
追記:上記の主張は犯罪捜査を進めて通常逮捕(予め裁判所に逮捕令状を請求しての逮捕)のケースを前提にしています。現行犯逮捕の場合は多少違った主張(推定無罪とは扱いがたい面がある)になりますので、秋葉原事件での警察広報&マスコミ報道について論評したものではありません。広報と報道に関する一般論としての私見です。
No.40 Feri さん | 2008年6月21日 08:14
>法務業の末席様
>それとも警察発表の記者会見を要求するマスコミが悪いのか
私の個人的な感覚なのですが、事件の詳細を逐一知りたいと考えている国民は少数であると思っています。
マスコミが視聴率や部数稼ぎのために、センセーショナルに報道しているだけのような気がしてなりません。ただ、警察側が何らかの意図を持って情報をリークしているという可能性はあると思います。両者の意図が一致して、このような報道になっているように感じます。
私個人としては、法務業の末席様がおっしゃるように、供述内容な動機など、容疑者からの伝聞にあたる部分は、裁判の場で明らかにすれば良いと考えています。とくに、裁判員制度が始まることを考えると、今のような報道は非常に憂慮しています。
また、秋葉原事件に関してですが、日本ではこのような事件が起こると被害者のプライバシーにかかわる情報も詳細に報道する傾向があるのですが、私はこちらも違和感を覚えます。不幸にも本人が死亡してしまった場合、反論もできない訳なので、氏名やおおよその住んでいる場所、程度の発表で十分だと思うのですが…。職業や、何故ここにいたのかとか、何が趣味だったとか、日頃どんな人物だったのかなどは、不要だと思います。少なくとも、私が報道される側ならば、お断りです。
No.41 マツクラ(庶民) さん | 2008年6月21日 08:25
お二人の弁護士様の書き込みを見ていると、なるほど弁護士と言うものは弁護士的な視点で見てると申しますか、裁判所の中の理屈で考えてるなと感じます。
庶民の私などは、報道の問題というのは「公共性、公益性、真実性」が論点になるのかなと思っておりました。
たとえばダガーナイフの入手先の報道を見て、弁護士は「犯行の計画性を示す情報だ」と考えるかもしれません(どうかわかりませんけど)。
一方庶民は、どうしたら犯罪を防げるか、どう身を守れるかを考えたりします。この場合は「ダガーナイフを規制すべきではないか」といった話になるわけです。
たぶん話が噛み合わないですね。
>No.39 法務業の末席さん
警察がちゃんと証拠調べをした上で逮捕して、起訴までしてたらやっぱりそいつは犯人だろうな思いますよ。推定有罪です。
無罪かもしれないなんて思いながら逮捕したり、広報されては困ります。
社会の問題ではなく、警察が行動に責任持ってくれないと。
No.42 法務業の末席 さん | 2008年6月21日 09:08
>警察がちゃんと証拠調べをした上で逮捕して、起訴までしてたらやっぱりそいつは犯人だろうな思いますよ。推定有罪です。
これが今の日本での「多数意見」なんでしょうねぇ、はぁ…。
過去の光市事件差戻し審でのネット空間の投稿意見などからすれば、これが日本の平均的な反応なんだろうけれど、平均的だからこれで良いのだとは思って欲しくない。平均的多数意見であっても理屈として正しくないことは、少しずつでも正しい方向に進むよう変えていく努力が必要だと思う。
「逮捕=犯罪者=悪い人だ」
「容疑者=犯罪者=有罪間違いなし」
「起訴=犯罪者=刑務所行きは決定的だ」
「被告人=犯罪者=悪人の弁護活動なんて不必要」
こうした「お茶の間の常識」が刑事弁護に対する世間の無理解や、別スレで討論されている医療崩壊エントリでも、「警察の捜査という報道だけで医師は犯罪者扱いされて社会的に抹殺される」という医師の声に繋がっているのでしょう。医療者側のこうした怨嗟の声に、裁判で無罪判決ならそれで良いじゃないか、と法曹が反論しても現実的には社会的抹殺に近いダメージがあるのが現実です。
「逮捕=犯罪者=悪い人だ」この風潮が「悪い人だからプライバシー保護や名誉に対する配慮、何をタワケタことを言っているのダ、犯罪者に人権は無い」こうした短絡思考に繋がっている現実を、このエントリでのレスで見させて頂きました。
今日は朝からため息をついています。
No.43 みみみ さん | 2008年6月21日 09:33
>警察がちゃんと証拠調べをした上で逮捕して、起訴までしてたらやっぱりそいつは犯人だろうな思いますよ。推定有罪です。
たしかにこれが世間の大勢でしょう。
痴漢冤罪の被害者が無罪を勝ち取るまでに多くのものを失い、勝ち取った後ですら「なんだかんだ言っても実はやってたんじゃないの」という陰口から逃げられないのも無理からぬことです。
No.44 モトケン さん | 2008年6月21日 09:56
ここにも既視感が
どこで見たか記憶がないので過去ログ嫁とは言いません。
永遠のテーマみたいですけど、裁判員制度を考えるとそうは言ってられません。
>No.41 マツクラ(庶民)さん
>庶民の私などは、報道の問題というのは「公共性、公益性、真実性」が論点になるのかなと思っておりました。
ここで問題になっているのは、まさしく「真実性」なのです。
刑事手続における真実というのは、そう簡単に分かるものではありません。
だんだん分かってくるものです。
最後まで分からないときも多いです。
そして、だんだん分かるという意味は、真実の量がだんだん増えてくる場合とは限りません。
最初(逮捕当時)の情報が全く虚偽である場合もあります。
途中(勾留中)までの情報が虚偽である場合もあります。
検察が起訴した時点の情報だって真実である保証が全くありません。
法律家は、人は質問された場合に正直にまたは正確に答えるとは全然限らない、ということを経験的に骨身に染みて知っているのです。
No.45 マツクラ さん | 2008年6月21日 10:53
冤罪とか推定有罪の話はまた平行線になるから放置で(笑)
真偽不確かな情報を警察が流すのは、間違ってると思います。
でもここでリンクされてるニュースに書かれている事は客観的事実、真実性の問題は無いと思うんですけど。
・・・ここのエントリで話すとわかりにくいですね。
>>36で書いた件の答えはあるんでしょうか。
聞いてもたぶんこれも平行線になりそうですけど。
No.46 じじい さん | 2008年6月21日 10:53
法務業の末席様、レスありがとうございます。
>これで十分じゃないですか。
私は、よくある取調室の実況中継のようなリークや被疑者のプライバシーを殊更晒すような情報出しがいいとは思っていません。
仮にダガーの件であれば、ダガーという人間に突き刺してトドメをさすために発明されたナイフの一種があり、それがほとんど規制されないままに自由に売買できる状況にあり、秋葉原の事件で実際に使用されたという事実があります。それが報道に乗ることによって、問題視され、規制の動きにつながりました。
また、学校裏サイトというものがあって、いじめの温床になっているといったことも、大人としては事件報道の中で初めて知ることではないかと思います。こういったことは、「容疑者の身柄は拘束した、今はこれ以上のことは言えない。全ては法廷で明らかになる」の報道では判明せず、相当な時間が経った裁判時では、マスコミに取り上げられるかどうかすら分かりません。
こうしたことは功罪両面があるので、情報の確度なり、被疑者のプライバシーへの配慮なりをしっかりと精査した上で、一定の情報出しがあってもいいのではないかというのが、私の考えです。いい意味での特定の意図を持った節度ある「リーク」です。
当然、そうした判断を警察に任せるのは信用ならん、といわれればそれまでですが。
No.47 法務業の末席 さん | 2008年6月21日 19:26
>No.46 じじい様
>よくある取調室の実況中継のようなリークや被疑者のプライバシーを殊更晒すような情報出しがいいとは思っていません。
同意です。
前投稿で「これで十分」とした意図は、容疑者がどんな態度で取調べを受けているとか、昨日までアアダと言っていたのが今日はコウダと言いだしたとか、捜査にあたる警察関係者しか知り得ない、取調室の内部を公開するが如き情報公開は不要だし、公開されてはならない情報じゃないのかと思うからです。こうした「取調室の実況中継」って、警察官や検事の守秘義務に抵触しないのだろうか?
現役の捜査関係者が少しコメントなさっておられましたが、マスコミが煩くて面倒だからという理由で、副署長が記者会見を開くということがオカシイ・マチガッテイルという感覚を失って欲しくありません。
まぁ、マスコミには何を言っても無駄だと諦めの境地ですので、敢えて触れないでおきます。
犯行に使われた凶器(秋葉原事件ではダガーナイフ)や、犯行現場のおおよその見取り図などの客観的証拠は、捜査当局が公開することは構わないと思います。ただし広報活動としての記者会見などで、客観的証拠物件に添えて、コレが野放しなのは問題だ、などと「捜査官の個人的評価」を付け加えないことが条件ですが…
でも。報道関係者がタップリと「個人的評価」という天ぷらの衣を付けて、美味しそうに見せかけてお茶の間にお届けするのでしょうね…。
No.48 じじい さん | 2008年6月21日 22:58
>前投稿で「これで十分」とした意図は、容疑者がどんな態度で取調べを受けているとか、昨日までアアダと言っていたのが今日はコウダと言いだしたとか、捜査にあたる警察関係者しか知り得ない、取調室の内部を公開するが如き情報公開は不要だし、公開されてはならない情報じゃないのかと思うからです。
了解です。
視聴者が見るからマスコミが暴走するのか、マスコミが視聴者に見させているのか。
他人の不幸は蜜の味などといった言葉があるくらいですから、この程度の国民に、この程度のマスコミかもしれませんが。
No.49 廣野秀樹 さん | 2008年6月21日 23:29
当然の期待というものが感じられますが、それが期待できないのが、捜査であり、裁判という気がします。故に、被疑者からの積極的な情報発信があってもよいのでは、と感じる今日この頃です。
No.50 廣野秀樹 さん | 2008年6月22日 00:09
>まぁ、マスコミには何を言っても無駄だと諦めの境地ですので、敢えて触れないでおきます。
どっちもどっちという気もします。
広島刑務所から初犯刑務所に来た刑務官が、全受刑者に向かって、「目くそ鼻くそを笑う」と言った言葉を、今回も反射的に思い出してしまいました。
鶏と卵の議論にも似ているのかもしれませんが、諦念を交えつつ、冷やかに見ている、プロもいそうな気がします。
No.51 法務業の末席 さん | 2008年6月22日 05:54
>No.50 廣野秀樹様
>どっちもどっちという気もします。
>「目くそ鼻くそを笑う」
貴殿の上記コメントを、辞書に書かれた意味通りに解釈すると下記のようになります。
『目くそ(=法務業の末席)が鼻くそ(=マスコミ)を笑う』
貴殿は、私を「目くそ」と蔑まれますが、如何なる理由で私のことを「目くそ」呼ばわりされるのですか?
このような侮辱の言葉は正直不愉快です。
上記コメントの取り消しと、謝罪を要求します。
No.52 廣野秀樹 さん | 2008年6月22日 09:38
No.51 法務業の末席様
そのような受け取り方をされるのは仕方がないことです。お詫び致します。
私は、特定の個人ではなく、全体的な傾向から感じていることを書きました。
私自身メディアの専門家でないばかりか、政治面や芸能面では知識も乏しい方だと思っています。
そういう私がマスコミのことを批評するのもなんですが、私たちは、マスコミが取り上げる範囲でしか判断材料を得ることしか出来ず、真偽の確証も困難かと思われます。いわばマスコミの意のまま手の中で転がされているようなものですが、そのマスコミも経済基盤を背景に国民の嗜好、要望に合わせて視聴率の獲得に邁進していると聞きます。
私の表現が稚拙であることも承知していますが、そのようなことは、ほとんどの方がご承知のこととも思っています。
今回、法務業の末席様のコメントからもそのようなニュアンスが感じ取れたので、いささか乱暴ながら釣らせて頂いた次第です。より深みのある議論と提言を得たいと思いました。
というのも、自分自身が刑事事件とマスコミ報道の板ばさみのような状態で活路を模索している段階だからでもあります。
法務業の末席様は、プロのお立場から有用で参考になるコメントを披瀝されていることも承知しておりますし、こちらのブログの常連さんでもありますから、私のこともある程度はご存知であろうという前提で書き込みました。
企業のスポンサーのない報道機関がNHKのはずですが、私は直接そのNHK金沢放送局に協力を要請した経緯があります。ある程度の事情は、自分のブログでも書いてあるはずですが、1年半ほど前のことであり、知る人は少ないことでしょう。
NHKとのやりとりは、金沢地方検察庁にも話してありましたし、けっこう意識していると感じていたのですが、記者の対応は、私が直接金沢地方検察庁に話を聞いてみてくださいと言っても、そんなこと検察が話すはずがありません、で終わりでした。
自分のブログを見てもらって、そこに記者自身の名前も書いてあったはずですが、15分ほど見て、判断したそうです。
事件というのは様々な個性や特徴を持つ複合的な問題だと思いますが、定型的機械的に処理されるという側面もあるはずです。
今思案中なので、ご説明はこのあたりにさせて頂きますが、法務業の末席様への個人攻撃や非難でないことは重ねて告知させて頂きます。
失礼、ご無礼のあったことを改めてお詫びさせていただきます。
No.53 法務業の末席 さん | 2008年6月23日 06:19
廣野秀樹殿
私の№51投稿をきっかけにして、飛び火した別スレが加熱してしまいましたので、私自身が自主的にモトケンブログへの投稿と、貴殿への反論を24時間自粛して様子を見ておりました。しかしながらこの24時間、貴殿は私が№51で指弾したご自身の誤りについて、ご自身が全く気付いておられないのは嘆かわしいばかりです。
貴殿は「目くそ鼻くそを笑う」ということわざをの意味をお調べになりましたか?
「目くそ」も「鼻くそ」も、その目や鼻がある顔面の持ち主である人からすれば、指先で弾き捨てるような小さな汚物であって、どちらも取るに足らない存在である。にもかかわらず顔面では「目」が「鼻」よりも僅かに一寸高い位置にあるから、その高さの分だけ「目くそ」が「鼻くそ」よりエライと勘違いして、「鼻くそ」のことを笑っている。これを目と鼻の持ち主である人間から見たら、どちらも取るに足りない小さな汚物であり、真面目に取り上げる価値もない論争だ。これが「目くそ鼻くそを笑う」ということわざ本来の意味です。
貴殿は№50で、私の№47でのコメントの一部を引用されて「どっちもどっちです」と評され、その上で「目くそ鼻くそ」のことわざを使用されました。このようなことわざの使われ方から、貴殿が私を目くそに喩えマスコミを鼻くそに喩えて、ご自身(廣野秀樹殿)から見ればどっちも大したことのない小物よ、小物同士が真面目くさって議論しているが偉いオレ様から見れば笑えちゃう、このように評していると受け取りました。そのような侮辱に受け取れるから発言の撤回と謝罪をして欲しい。
№51の私のコメントの意図を解説すると以上の通りです。
しかるに貴殿は№52冒頭で謝罪の文言を並べられましたが、長いコメントの中断では私の発言を利用して「釣り」を意図したと言われる。
今回、法務業の末席様のコメントからもそのようなニュアンスが感じ取れたので、いささか乱暴ながら釣らせて頂いた次第です。
この文章が謝罪の文章と併せてコメントされるということは、貴殿が全く日本語を理解していないのか、或いは口先だけの言葉を書き並べるだけの発言内容が信頼できない人、このいずれかと判断せざるを得ません。
私としても過去の貴殿の多数のトピズレ投稿が、このブログでの議論の流れを遮ることが多くて邪魔に感じておりましたが、スルーに徹すれば実害は無いと判断して無視してきました。
しかしながら今回の貴殿の№52回答文と、別スレの死刑に対する朝日の見識エントリでの投稿姿勢を目の当たりにすると、スルーに徹すればというレベルを超えていると私には思われるようになりました。このモトケンブログより貴殿が自主的に身を引かれるようご判断下されば幸甚に存じます。
No.54 通りすがりX さん | 2008年6月23日 07:01
法務業の末席さん
そんなに不快に思うなら、あなたが去れば良いのでは?
No.55 an_accused さん | 2008年6月23日 07:06
>感熱紙さま
遅くなりました。
>>何を公にし、何を伏せておくかコントロールしている以上、「ある意図に基づく情報操作」であることに間違いありません。
>どういう意図が考えられるのかお聞かせいただければ幸いです。
さあ、そんなに大それた意図は持っちゃいないでしょう。「こんなに立派な手柄を立てましたよ、その後もちゃんと仕事して、犯人をキリキリ追い詰めていますよ、だから皆さん安心してくださいね」というメッセージを伝えたい、そして国民の皆さんの警察への信頼を高めたい、というごく真っ当な意図だと思っています。
でも、そのようなことは被疑者逮捕時の発表で充分だと思いますよ。マスコミに迫られて困り顔をしながらも、次席さんや副署長さんが、やれ犯人は朝飯を残さず食ったとか、ぐっすり寝てたとか、しゃべり出したけどまただんまりしたとかペラペラしゃべるのには、「私たちがちゃんと仕事してるってことをわかってほしい」という真っ当な願望の実現を超えて、「犯人(まだ被疑者だけど)の悪質性、あるいは狂気、といったものを強調し、国民の敵意を煽り立て、敵を作ることで国民を統合し、統治を容易なものにする」という効果の実現に寄与することになるでしょう(次席さんや副署長さんにそんな「意図」があるかはともかく)。
いや、それだって為政者にとって充分に真っ当な意図なんですが、過度に煽り立てれば、個別の事件を離れて被疑者一般の犯人視化を助長したり、被疑者一般の社会復帰を阻害したりして、かえって国民統合や治安維持の妨げになるので、そろそろ考えたほうがいいんじゃないの?ということです。
>じじいさま
おはようございます。
>一方で私のような素人には、弁護側もマスコミ報道があればこそある程度警察の手の内が読めるのではないかとも思えます。また、警察が沈黙すれば、情報に飢えたマスコミの手が被疑者の身内やその周辺の方にさらに伸びていく危険性も高まるのではないかとさえ考えます。
私も弁護士じゃないのでわかりませんが、確かに被疑者逮捕の初報などは、例えば弁護士会の刑事弁護委員会なんかが当番弁護士を派遣するかどうか決めるのに役立っているだろうと思います。しかし、弁護人になれば、勾留状の謄本を見たり、押収品目録を見たり、関係者から事件の説明をうけたり、被疑者と接見したり、被疑者に差し入れた取調べノートの宅下げを受けたりと、様々な情報の入手方法があり、それらによって警察の手の内は充分読めるのではないかと思います(もちろん経験がなけりゃ無理ですが)。ていうか、警察の手の内の読むのにマスコミ報道に頼るような弁護人は、私が被疑者ならちょっと不安です。
なお、マスコミは警察がしゃべろうが黙ろうが被疑者の身内やその周辺に手をのばすものなので(実際、留置場の食事で何を残したかまで警察が気前よくしゃべってくれてる今でも、マスコミの皆様は、しっかり被疑者の実家の前に脚立並べて、「国民の知る権利の実現」のために崇高な任務を遂行していらっしゃるじゃああ~りませんか)、あんまり変わらないんじゃないの?と思っています。
追伸:敵討ちについて、別エントリーにて超亀レスをつけております。たいへん遅くなり申し訳ありません。
No.56 法務業の末席 さん | 2008年6月23日 07:25
>No.54
>そんなに不快に思うなら、あなたが去れば良いのでは?
ご心配なく、貴方のようなコメンターにまとわりつかれるのは不快ですので、暫くモトケンブログより距離を置くつもりです。
No.57 じじい さん | 2008年6月23日 08:02
an_accused様
お忙しい中、レス本当にありがとうございました。
確かにマスコミ報道に振り回される弁護士は怖いですね(^^;
マスコミというかワイドショーの面々は、被疑者の身内(今回もおばあちゃんにまで行くなよと勝手に憤慨しておりましたが)に行くものですが、ネタが少なきゃ被疑者の人となりの取材とか何とか言って、今よりもっと酷くなるんじゃないのと思っちゃうんです。あくまで相対的なものですけど。
敵討ちの件、気づいておらず大変失礼しました。
レアケースでもあるんですね。勉強になりました。
お手数をおかけいたしましたm(_ _)m
№56 法務業の末席様
「死刑に対する朝日の見識」エントリーにおける№87のモトケン先生のコメントを読まれましたか?
No.58 an_accused さん | 2008年6月23日 08:47
>じじいさま
いえいえ、単にキー打ちが遅いだけです。ご迷惑をおかけしました。こちらは以前と違い読者もコメンテーターも多くなりましたから、時宜に適ったコメントを投稿するのは大変です。
ところで、前コメントで随分大袈裟なことを書きましたが、念のため興味がおありの方向けに、手軽なところでさしあたり酒井安行「犯罪・非行に対するメディアの責任」法律時報76巻8号(2004年7月)45頁以下を紹介しておきます。やや古いですがコンパクトだし、この号の特集は「犯罪・非行に対する責任の所在-加害者を罰するだけでいいのか」というものであり、犯罪・非行をめぐって、刑事責任の意義と限界、民事責任や修復責任、親の責任、地域社会、メディア、国家の責任などについて論じられているので、この問題に関心がおありの方なら手にとってみて損はないと思います。
No.59 法務業の末席 さん | 2008年6月23日 09:04
>No.57 じじい様
読んでおります。
この24時間ROMに徹して観察する限り、私一人をターゲットとしているようですので、私が暫く投稿を控えることにより自然に消えて居なくなるであろうと判断しての投稿自粛(=距離を置く)の意思表示です。
私の自粛により霧のように頭痛のタネが消えて無くなるのであれば、管理者のモトケン先生のご負担も軽くなるはず、という判断です。
トピズレ投稿、失礼しました。
引用:秋葉原事件の報道から思うこと - 元検弁護士のつぶやき
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