2013年2月18日月曜日

世間に対する説明責任の問題ですが、これも話になりません<元検弁護士のつぶ やき>



懲戒理由の存否と懲戒請求の違法性の存否

 言うまでもなく、橋下答弁書の問題です。
 こんなことは原告弁護団に任せておけばいいのですが、乗りかかった船ですので主として懲戒理由の観点からコメントしておきます。

 最初に確認すべきは、「懲戒理由があるかないか」という問題と「懲戒請求者の請求行為に違法性があるかないか」という問題は、関連はしますが完全に別問題であるということです。
 懲戒請求書に書いた懲戒理由が明らかに懲戒理由にならないものであるとしても、法律の素人である一般市民がそれなりの理由で懲戒理由があると思ったのであれば、懲戒請求には違法性がない、つまり懲戒請求者に対する損害賠償請求は認められないということです。答弁書はこの論理を使っていると思われます。
 ここで問題にするのは、「それなりの理由」のほうではなく、橋下答弁書の指摘する事情が懲戒理由になるかどうかです。

 私は、原告団全員の名前や光市弁護団へ参加した経緯を知りませんので、ある程度の情報がある今枝弁護士を念頭において考えます。

 答弁書から今枝弁護士について問題になる点を答弁書の8ページ~9ページから要約してピックアップしますと

  1 差戻審では、殺意の否認などの主張は許されない。
  2 被告人の主張の変更は許されない。
  3 世間に対する説明責任を果たしていない。 

ということになります。(他にもありそうですが、論外なので割愛)
 上記の1は、法廷における弁護活動についてのものですが、ここで主張と立証は分けて考える必要があります。
 弁護人が事実認定上の主張をすることは、判決確定後においても再審請求手続ですることが可能ですから、訴訟の何時の時点においても主張すること自体を制限される理由がなく、刑事弁護制度としては主張すること自体は保障されなければいけません。
 主張自体を制限することは刑事弁護制度の否定につながります。
 そして、いかなる事実を主張するかは、最も詳細に証拠の全体を把握している弁護人の判断が最優先されるべきであり、また弁護人の主張は被告人の主張に拘束されますから(これも刑事弁護の大原則)、弁護人が被告人の供述や主張に沿った内容の主張をすることは、その内容如何にかかわらず何の問題もなく、被告人の供述に沿う主張をしなければそのことこそが問題にされるべきものです。
 したがって、弁護人の主張が被告人の供述に沿うものである限り、主張したこと自体を理由にしたり主張の内容を根拠として懲戒理由ありとすることは、その主張の内容がいかに荒唐無稽であったとしても、できないことになります。
 本件の弁護団の主張とその内容を問題にして弁護士会が弁護人に懲戒処分を下せば、刑事弁護全体に対する強力な萎縮効果をもたらし、刑事弁護制度そのものが崩壊します。
 
 次に立証、つまり鑑定人の尋問をしたり被告人質問をしたことの問題ですが、これは簡単です。
 裁判所が許可したのだから何の問題もありません。
 裁判所が許可した訴訟行為を行ったことを理由として懲戒処分されたのではたまりません。
 弁護団が裁判所が許可した範囲で立証活動をしている限り、懲戒理由にはなり得ません。

 2の「被告人の主張の変更は許されない。」に至っては「はぁ????????????(以下、いくつでも?がつけられる)」な主張(?)です。
 あまりにばかばかしくて反論する理由すら思い浮かばない主張です。
 被告人が供述を変遷させた場合に、被告人の供述の信用性に問題が生じますが、弁護人としては、被告人が供述を変遷させた以上、現時点における供述に基づいて弁護をするのは当たり前です。
 そして、被告人はいったん認めた以上、後で否認することは許さない、というのであれば、あなたほんとに司法研修所を卒業したのですか、ほんとに弁護士ですか、と言われても仕方がないほどの刑事事件に対する無知・無理解を示す主張です。
 なお、橋下答弁書は、供述変更の可否の問題と変更した供述に基づく証拠調べの許否の問題を完全に混同しているように思われます。
 主張変更を前提とする証拠調べが認められないことがあるという判例によって、主張の変更自体が許されない、と主張しているようです。
 平ったくいいますと、裁判所としては、主張を変更するのは被告人の勝手ですが、証拠調べの必要性は裁判所で判断します、ということです。主張の変更を許さないと言っているわけではありません。

 3の世間に対する説明責任の問題ですが、これも話になりません。
 弁護人は、被告人の利益を最優先して行動しなければなりません。
 橋下弁護士は主として供述変遷の理由についての説明を求めているようですが、差戻審の途中であり、供述の変遷を大きな争点として強力な対立当事者である検察官を相手にして戦っている弁護人に対して、立証が終了してもいないのにマスコミに対して変遷の理由を説明しろということがいかに無茶な注文であるかは、供述の変遷が争点になった刑事事件を一件でもやったことのある弁護士にとってはあまりにも明らかなことです。

 要するに、懲戒理由の存否という問題に関する限り、ないことは明らかです。
 もちろん、私の見解は、弁護人というものは被告人の利益を最優先して考えるべきであるという伝統的な刑事弁護制度の理解を前提にしています。
 被告人の利益を損なう可能性があるとしても世間の理解を優先すべきである、という考えに立てば別の結論になります。
 しかし、日弁連は絶対にそのような考え方を採用しません。
 最高裁の考え方も同様だと思います。
 私が、断言する根拠はこの確信に基づきます。
 なぜ確信できるかというと、何度も言っているように、被告人の利益を最優先して考えるというのが、現憲法下における司法制度において弁護人に期待されそして負わされている最も基本的かつ動かしがたい大原則だからです。
 この大原則から、上記にピックアップした事情は懲戒理由にならないことが論理的に誘導されます。

 そして、橋下弁護士の答弁書には、この大原則を揺るがすに足る説得力がありません。
 この大原則は、法律で変更でもしない限り、たとえ100万通の懲戒請求書が提出されても揺るがすべきではないと思いますし、揺るがないと思います。

 実は、橋下弁護士は、答弁書において自分が指摘した弁護団の弁護活動や説明義務不履行が懲戒理由にあたると明言していません。
 懲戒請求者が懲戒請求があると考えたことには相当の理由があると力説しているだけです。
 懲戒理由があるのであれば、懲戒請求は原則として違法になりませんから、請求者に「弁護士の品位を失うべき行為と判断したことには事実上及び法律上の相当な根拠」があることについてそんなに力説する必要はないはずなんですけどね。

 最後にひとこと言っておきますけど、私はこのエントリで刑事弁護制度の維持の重要性を指摘しているのですが、上告審や差戻審になってころっと供述を変えたり、ドラえもんや魔界転生の話を持ち出しても、裁判所がそれをやすやすと信用することはないということも指摘しておきます。
 弁護団の中にも、被告人がそう言うんだから仕方がないな、と思っている人もいるかも知れません。
 このあたりの問題については、
「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」
刑事裁判と被告人の納得(光市母子殺害事件から)
なども参考にしてください。
モトケン (2007年9月27日 11:06) | コメント(154) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

引用:懲戒理由の存否と懲戒請求の違法性の存否 - 元検弁護士のつぶやき


送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき

送信者 元検弁護士のつぶやき


0 件のコメント:

コメントを投稿