「批判」と「個人攻撃」はどう違うのでしょう?「個人攻撃」はそれ自体で悪ということなのでしょうか?<元検弁護士のつぶやき>
「スルーが原則」は今は昔のお話のようなので
不快感は、理屈っぽさに対するものではなく、反論を禁止した上で個人攻撃を続ける卑怯っぷりに対するものだ
言わずと知れた小倉弁護士のご意見です。
矢部先生のブログでは、今度はponさんというコメンテーターが陰湿な集中攻撃を受けているようです。
「犯罪被害者・遺族も抗議」のコメント欄に関するご意見ですが、集中攻撃を受けているという認識については、ponさんが少数派として多数の批判を受けているという意味ではあたっていると思います。
しかし、そこに「陰湿な」という修飾語をつけている点で、小倉弁護士の得意技が発揮されています。。
なお、ponさんのご意見は、例の素粒子・鳩山論争に関するオルタナティブな見方として十分あり得るものであって、
意見自体がありうるものであることは、多くの人が認めているところであって、ponさんに対する「個人攻撃」のネタとなっているわけではありません。
コメントの流れを読めば明らかだと思います。少なくとも私はそう認識しています。
ところで、「批判」と「個人攻撃」はどう違うのでしょう?
「個人攻撃」はそれ自体で悪ということなのでしょうか?
仮にそうだとすると、小倉弁護士のエントリは私に対する「個人攻撃」とは言わないのでしょうか?
その説明も決してわかりにくいものではなかったとは思いますが、
これには異論が多いと思います。
ponさんを批判する側を批判する目で見ればそう見えるのかも知れませんが。
わかりやすければ、あんな議論の流れ(コメント欄参照)にならないでしょう。
なにせ、「空気を読む」ことが過度に要求されるブログですので、
まず、「空気を読む」というのは過去に私が使った表現をその意味を考えずに単なる揚げ足取りとして使っていますし、「過度に」というのも典型的印象操作ですね。
私の印象では、小倉弁護士のネットでの発言の多くは、論理的な主張より印象操作を優先させているように感じられます。
私が、重視しているのは、「議論の流れ」です。
停滞したり、堂々巡りになってほしくないわけです。
このような流れを尊重するなら、その後にponさんを批判するようなコメントは投稿すべきではないし、ponさんを非難するような投稿がなされたらブログ主としてはこれを削除する等の措置を講ずるのが通常です。さもなくば、ponさんは、矢部先生のブログのコメント欄で一方的に非難されて反論をなしえない状況に置かれるからです。
「このような流れ」として小倉弁護士は、No.302のponさんのコメントを引用していますが、小倉弁護士が批判する「私が問題にしているのは、あなたの発言の内容よりも、そのような発言の姿勢です。」という私のNo.304のコメントは、ponさんが上記No.302の後にコメントしたNo.303の pon さんのコメントに対するものです。(No.303の記載を引用してますから誰が読んでもそう読めます。)
小倉弁護士は、そのようなコメントの流れを意図的に隠蔽して私を批判しているのでしょうか?
「不快感は、(中略)卑怯っぷりに対するものだ」という言葉はそっくり自らに返るのではないでしょうか。
小倉弁護士の批判は、私のブログ運営に対する批判と読むことが可能ですので、その観点からここで述べておきます。
私のブログは、小倉弁護士のブログとは異なって、常連飛び入りを問わず多数のコメンテイターの投稿や議論がとても重要な位置を占めているブログです。
ですから私は、コメントの意見の内容については原則としてできるだけ許容する方針でいます。
しかし、私が望んでいるのは、普通の議論です。つまり、自分の意見を主張すると同時に他者からの批判にも答えることによって、それぞれが自らの認識や理解を深めていくことができればとてもいいことだ、ということです。
そのためには、発言者に他人の意見を聞く耳を持つことが求められると考えています。
自分の意見の正当性を主張するばかりの投稿を繰り返すことは議論の流れを阻害します。
私は、ponさんの当該エントリにおける一連の投稿からそのような姿勢を感じていましたが、No.303の pon さんのコメントによってその認識が確定的になりましたので、私は、 その観点からponさんに対する警告を発したのです。
他の投稿者のponさんに対する批判も同様の観点からのものとして理解されるべきものです。
なお、私は、ponさんについていわゆるアク禁にしていてはおりません。小倉弁護士も同様です。
つまり、ponさんは、今後も私のブログに投稿することはかまわないですし、現時点で投稿を禁止するつもりもありません。
ponさんが今後も私のコメント欄で発言することを私としても予想し許容しているのです。
つまり、ponさんが「反論をなしえない状況」というものはありません。
そうしますと、本件に関する反論にしろ別の問題についての意見投稿にしろ、今後も同様の問題が生じることを避けたいと考えるのはブログ管理者として当然のことです。
つまり、私がNo.299で「もうやめましょう。」と言ったことのやめる対象は、遺族の責任に関する議論でしたが、No.304で警告を発したのは、No.299以後の発言で明確になったponさんの発言の問題点に関してです。
コメント欄の流れを読むことができないのか意図的に読まないのかはわかりませんが、自分のブログのコメント欄を承認制にして気に食わないコメントは有無を言わさず公開しない運営をしている人から、コメント欄を公開しつつ運営している管理人の苦労を批判されたくないもんだという思いはあります。
批判するなとか批判するべきでないと言ってるわけではありませんよ、念の為。
単なる思いです。
なお、「感情論ベースの人にとっては居心地がよくないと思います。」についてですが、小倉弁護士は他人の発言に対して揶揄・皮肉を投げつけることは得意でも、他人の発言に込められた皮肉を理解する能力はないようです。
「(矢部先生のプロフィールを知った上でそのハンドル名を使うのはどうかと思いますが。)」とお書きになっているところからすると、ほんとはわかってると思うんですけどね。
わかった上でわかってない振りをしているならそれはそれでアレですけど。
モトケン (2008年7月11日 09:05) | コメント(39) このエントリーを含むはてなブックマーク (Top)
引用:「スルーが原則」は今は昔のお話のようなので - 元検弁護士のつぶやき
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