2014年3月12日水曜日
平成4年の控訴審公判において初めて会った被害者の父親と兄 2014年01月24日
被告訴人YSNの彼女も有線の仕事をしていたと聞いたように記憶しています。それだけでなく金沢市内花里の彼のアパートで、アルバムの写真を見せてもらったとき、彼女が職場の同僚など4,5人で撮影された写真に、当時、名の知れた歌手が一緒に写っているのを見たように憶えています。
有線というのは有線放送のことですが、今ではなくなったのか聞いたことはないです。ジュークボックスという言葉もまったく聞かなくなって久しいですが、飲み屋などで色々と曲を流す事業ではなかったかと思います。当時は有線でのベストテンなどもあったと思いますが、最近は全く聞かなくなった。
初めて被告訴人YSNの花里のアパートに行ったのは平成3年の5月頃だったと思いますが、それからちょこちょこと何度かそのアパートに遊びに行っていました。のちに妻となる彼女はいるときといないときがあったと思いますが、仕事などしていない話ではなかったかと思います。
それでもいるときといないときがあったと思いますが、いるときはワンルームの部屋の大半のスペースを占めるベッドに寝転がっていて、かならず頭からタオルケットをかぶっていました。つまり決して顔を見せようとはしなかったのです。これは徹底していました。
それがあっさりと顔を見せただけでなく、出産直前のお腹の出た姿をジャージのようなお腹が目立つ姿を見せたのが平成3年12月21日の翌日か翌々日のことだったと思います。その21日の夜に被告訴人HTNに託そうと思いつつ言い出せなかったティファニーのネックレスを持って行った夜jのこと。
ネックレスの手渡しは私のお願い通りに一応実行してくれたのですが、数日の間、被告訴人YSNとは連絡が取れず、年内の栃木県足利市のガソリンスタンドから掛けた電話で連絡が取れましたが、その時点で彼女は出産を終えたと聞きました。つまり出産の4,5日前にジャージ姿で顔を見せていた。
妊娠中の女性は顔のむくみなどでも気に掛けて人目を避ける人もいるということを聞いていました。そのようにも解釈していたのですが、マタニティではなくあえてお腹が目立つようなジャージ姿で、彼女は突如姿を見せていたのです。顔も普通に見せていましたが、化粧も特にしていない感じでした。
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